美の基準 ~民族を超えたArbitrage

美とは?

みなさんも日々頭を悩ませていると思われる特別損失の最大要因。
これぞ、まさに、Global Arbtrageの対象と言うに相応しい。

唐突なこのテーマ、怒りの発端は、こいつだ�
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日本に住んでいる人はわからないかも知れん。だけど香港のいたるところで見かける。MTRの広告とか!!
しかも、こいつ、シンガポールにまで蔓延ってる!! 一体何者?? 名前も知らないんだけど。
ナインティナインの岡村みたいな顔して、どうしてこんなに街中に貼られるのか意味がわからない!

どうだろう。これに関しては私に同意してくれる同志も多いのではないだろうか?

しかしだ�、これ逆に捉えると凄まじいArbitrage機会のカホリがする。怒っている場合ではない。
こんなヤツがもてはやされる価値観だぞ?
逆に、割安に放置されているプリチーガールも多いに違いない。
人によって基準が違う世界。民族・種族が変われば、もっと差が大きくなり、"歪み"は山ほどある。

だが重大な問題が一つある。このArbitrageに制度上内包された矛盾�、

犬が猫に発情しないように設計されているのと同様、人間も民族を超えた発情は、しにくいはずだ。
つまり、このGlobal Arbitrageは、セトルが難しい。
わかりやすく言えば、エイジアンマニアの白人の感覚は、自然の摂理から外れているということだ。

ただ、この自然の摂理さえ乗り越えてしまえば、この世は、Arbitrageチャンスの宝庫となる。
ふはは、俺はついに乗り越えたぞジョジョ~!

美のArbitrage、言い換えれば、相思相愛なのかもしれない。

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Comments [2]

今回の内容に関しては激しく同意。

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