東インド会社とアジアの海

世界史を一度も勉強したことの無い私にとってはとても新鮮な内容でした。

東インド会社とアジアの海
東インド会社とアジアの海羽田 正

講談社 2007-12
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starビジネス書として読める世界史
starアジアの物産とアメリカの銀が、ヨーロッパの近代を生んだ。
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以下は、引用です。

東インドの定義

アフリカ南端喜望峰からマゼラン海峡にいたるまで間に至る間に位置する海岸沿いの諸地域はすべて
「東インド」と認識された。従って、現在のインド亜大陸だけでなく、アラビア半島やペルシアから東南アジアを経て
中国にいたるまでのアジア諸地域は全て東インドの国々ということになる。

ちなみに西インドとは、南米アメリカ大陸やカリブ海。

貧しかったヨーロッパ

バスコ・ダ・ガマがカリカット王に対し、ポルトガル王がいかに強大で裕福であるかということを伝えようと贈り物を用意した。
布地、1ダースの外套(コート)、帽子6個、珊瑚、水盤6個、砂糖1樽、バターと蜂蜜2樽。
これを見てイスラームの商人は
「これは王に対する贈り物などではない。この町に来る一番みすぼらしい商人でももう少しマシなものを用意している」
ガマは
「これはポルトガル王からでなく、私の贈り物なのだ。王が贈り物をするとすれば、もちろんこれと比べ物にならないくらい
豪華なものになるはずだ」と言い訳した。

典型的なヨーロピアン生活スタイルの始まり

朝や午後にしばしば紅茶やコーヒーを飲み、綿製の肌着やシャツを着て、塩胡椒で味付けされた肉を口にする。
言うまでも無いことだが、これは明治時代の日本人が、「先進」の北西ヨーロッパから取り入れ徐々にその社会に
定着させていった「洋風」の生活スタイル
である。
北西ヨーロッパでこのような生活スタイルが確立したのは、意外に新しく、18世紀末か19世紀になってからである。
このような生活の必需品は全てアジアの産物である。

香辛料・茶・綿織物以外にも、日本の漆器、陶磁器、中国・ペルシャの生糸・アラビア半島のコーヒーなど
アジア諸地域からヨーロッパへ運ばれ人気を博した品物は数多い。人々がいかに東インドに憧れ、東インドの
モノを積極的に取り入れていったかが分かる。それに対して、同時期のアジア諸地域で、ヨーロッパ風の食事や
飲み物をとり、ヨーロッパ風の衣服を身に付けている人はいなかった。
現代日本では、ポルトガル人が初めて来航した15世紀以来日本は常に先進的なヨーロッパ文化にあこがれ
これを受け入れてきたとする歴史理解が依然として根強い力を持っている。しかしこの見方はそろそろ改められるべきである。

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