ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず

街道

道路が国土の動脈であることは、今日ならば誰もが知っている。だが、2300年の昔、それをわかってい
たのはローマ人だけであった。人間が集まって棲むところ、必ず道がつくられる。だからローマにも、紀
元前8世紀前半の建国当初から道はあった。それらの街道は塩を運ぶためにつくられたものであれば、
塩の道(ヴィア・サラーリア)と呼ばれ、ローマ人の祖先の地であるラティーナ地方と結んでいる街道なら
ば、ラティーナに向かう道という意味で、ヴィア・ラティーナと呼ばれた。それが、前四世紀後半に入ると
一変するのである。アッピア街道の開通した前312年を機に、これ以後のローマ街道は、単なる行政道
路ではなく、政戦略上の、つまりは政治、軍事、行政上の必要から敷設されて行くことになる。ローマ人
はこのことを完璧に意識していた。この時期以降につくられていくローマ街道は、もはやどこそこへ向かう
道を意味する名称では呼ばれず、敷設させた人物の名でもって呼ばれる
のが通例になる。どこそこへ
通う道という意味の名称を与えたのでは、道をそれ以上伸ばす時に都合が悪い。アッピウスが敷設させた
ならばアッピア街道と名づければ伸縮も自在になる
ではないか。街道は、味方の連絡や移動に便利にな
ったということは敵の情報収集や移動にも便利になったということである。実際これより数十年後には
ピュロスに、100年後にはハンニバルに、自分たちが敷説した街道を攻め上ってこられてローマ人は心臓
も止まる思いをするのだ。それゆえ防禦を最大目標とする民族は、道路工事の技術の有る無しに関わら
ず、平坦で便利な街道の敷設に熱心でない。ローマ人は宗教から政治システムから対外関係から道路
にいたるまで、本当の意味で開放的な民族ではなかったか。

市民権

キヴィタスというラテン語に由来する英語のシチズンシップを、英和辞典では次のように日本語訳している。
市民。国民の身分。公民権。市民権。国籍。
伊和辞典だとチタディナンツァの日本語訳
市民権。国籍。公民の地位ないし身分、とあって、同じようなものだ。
ところが、意味を探るために国語辞典を引くと、市民権を次のように解釈している。
市民としての権利、公権、人権、民権。市民としての行動、思想、財産の自由が公的に保証され、居住する
国・地方自治体の政治に参加することのできる権利。ならば市民はどう説明しているかというと、次のようだ。
市に住む人、都市の住民。西欧で、国政に参与できる資格・地位をもつ国民、公民。
手近にある時点からの引用にすぎないにしても、日本での、市民並びに市民権に対する解釈は興味深い。
まず、市民権の項に、国籍という意味が見あたらない。第二に市民であることによって得られる権利は列挙
してあっても義務にはふれていない。

だが、ローマ市民権なるものをここではっきり定義しておかないと、それを与えるか与えないかで差別をつけ
た、古代のローマ人の考え方が理解できないことになる。これを理解するには、辞典の説明に加えて、ロー
マ市民権の有無によって生ずる、具体的な権利と義務
を列挙していくのも一法かと思う。

権利

1.不動産・動産を問わず、すべての私有財産の保証。そして、それらの売買の自由。
2.選挙権と被選挙権を有するから、国政に参加する権利。
3.法に則った裁判を受ける権利とともに、それによって死刑を宣告されてもローマではこれだけでは充分
でなく、市民集会に訴え出る権利、つまり控訴権を有した。これは事実上、ローマ市民権所有者を大変
稀なものにしたのである。
4.独立していて自由な身分を持つ、一人前の男であるという証拠。

ローマでは、市民権を有し、社会生活上の重要な核と考えられていた家族の一員であってはじめて、一
人前の人間と考えられていたのである。

義務

1. 16歳から45歳まで現役で、それ以後も60歳までは予備役として、軍務につく義務があった。

市民のもう一つの義務である納税の代わりでもある。間接税がもっぱらであった古代の税制では、直接税
は軍役で払うのが普通だった。それゆえに軍務は、別名「血の税」と呼ばれた。
金を払って軍務をまぬがれるやり方は、法によって許されなかったというよりも、不名誉なことと考えられて
いた。経済的な代替行為は、市民権をもたないために軍務につく義務のない非市民かローマ人の中でも、
裕福で子のない女にのみ課された税であった。

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塩野 七生

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