賭博と国家と男と女 ~人は利己的に協調する

人間に数の能力を進化させたものは何だろう。なぜ人間は数を厳密に数える必要に迫られたのか。私は以前、
人間が人間になる過程で大変重要だった現象として"浮気"を考えた。人間は夫が妻と子を残して狩りに出
かけるという、どの類人猿にも見られない全く常識はずれの婚姻形態を持っている。夫婦の間には互いの知ら
ない謎の時間と謎の行動が存在する
。浮気が人間の進化に関わっていないと考えるほうがよほどおかしいのだ
ろう。しかし浮気が数の能力の進化に大きく関わったとは思えない。愛人の数や浮気の回数を数えてみたところ
で、それが何の役に立つだろうか。そういうことはむしろすっかり忘れてしまう方が適応的だろう。

第一章 人は利己的に協調する

いいね。これ。その通りだと思うわ。人を国家と読み替えても、企業と読み替えても同じだ。

18世紀半ば頃、西洋社会には人間の解釈について2つの大きな流れがあった。一つはベーコンに始まり、ホッ
ブス、ロック、ヒュームへと続く、人間の本性を利己的とみなす一派、もう一つはシャフツベリ、バトラー、ハチェスン
に至る人間の本性を利他的とみなす一派である。アダム・スミス(国富論)は学問上はハチェスンの弟子であった
が、個人的にはヒュームと親しくしていた。そのせいか彼の見解には両派を和解させようとするかのような一面が見
られる。しかし彼が人間本性の圧倒的に重大な部分とみなしたのは、利己心である。


動物は種の繁栄のために生きています。戦争をする人間は何と愚かな動物なのでしょうか。「種の繁栄(保存)」
という言葉を広めた中心人物はコンラート・ローレンツである。一方で、動物が同種の他人の子を殺すという現象
も次々見つかっていたのである。「子殺し」は種の繁栄では説明がつかない。ダーウィンは、自然淘汰の単位は種
でも集団でもなく、個体であると考えた。彼の膨大な量の自然観察例からそう結論したのである。しかしながら、
淘汰は個体にかかるという考えにも大きく二つの矛盾点が見つかった。まずハチやアリの例である。ハチやアリのワー
カーがなぜ自分では子を産まず、女王が産んだ自分の弟や妹の世話に明け暮れるのかということ。そして、人間
でも人間以外の動物でもアカの他人同士がしばしば協調することがある。利己心を発揮することしか眼中にない
はずの者どうしが、どうして協調することができるのかということだ。「群淘汰」を持ち出せば一応は解決してしまう。
何しろ動物は「種の繁栄」のために生きるのだから、アカの他人同士が協調するのは少しも不思議なことではない
のだ。ウィリアム・D・ハミルトンは、ハチやアリのワーカーの行動を見事に説明して見せた。ハチやアリは染色体につい
て多くの動物とは事情が異なっている。メスは通常の動物と同様で各染色体を一対ずつ持っているがオスはそれ
ぞれの染色体について片割れしかもっていない。そのため母と息子、メスの兄弟どうしなど様々な組み合わせの血
縁度が通常の場合と大きく違ってしまうのである。彼は様々な組み合わせで血縁度を計算し、ワーカーどうしが
3/4という驚くべき血縁の近さにあることを示した。ワーカーが子供を産まず、妹や弟の世話をするかが解き明か
された。その方が、自分の遺伝子をより効率良く残していくことができるからである。

淘汰の単位は種でも集団でもなく、はたまた個体でもなく、遺伝子だったのだ。個体は自分の遺伝子のコピーが
最大限に増えるようにふるまうだけである。また、自分の遺伝子のコピーは自分自身が持っている他にキョウダイや
イトコなどもそれぞれ血縁度に比例して持っている。だから何も自分自身が子を作らなくても増やすことができる。
それらの血縁者の繁殖を助けることで十分自分の遺伝子を増やすことができるのである。

ドーキンス『The Selfish Gene』(1976年)の1989年版の前書きの中で、
利己的遺伝子説はダーウィンの説である。それを、ダーウィン自身は実際に選ばなかったやりかたで表現したもの
であるが、その妥当性を直ちに認め、大喜びしただろうと私は思いたい。事実それは、オーソドックスなネオ・ダーウ
ィニズムの論理的な発展であり、ただ目新しいイメージで表現されているだけなのだ。

ここで人間の戦争についてもう一度考える。

我々がまだ部族集団で暮らしていた頃、戦争の規模はまださほどのものではなく、従って軍隊もそれほど大きなも
のは必要でなかった。軍隊はある程度の血縁を持った者たちのみで構成されていたはずである。戦いは身内が
身内のために団結して行うのであり、集団のために尽くすのだという特別な感情など必要なかった
。多くの動物が
本来もっている、血縁者のために自分を犠牲にするという心だけで十分だったのである。ところがやがて部族集団
は拡大し、次第に国家の形態をとるようになってきた。すると今までのような血縁の絆に頼るやり方ではどうも都合
が悪い。軍隊は血縁に関わりなく構成され、兵士は身内のためと言うより、国家のための戦い余儀なくされる。こ
れまであまり用のなかった、何か特別な感情が必要だ。人間に「友情」、「隣人愛」などの心が進化した背景には
一つにはこうした過程があったのではないだろうか。集団のために生きる、他人を思いやる、我儘はいけないという
精神は、さらに教育の場を通じて強化される。世の教育関係者のほとんどは、まさか自分がそのような"軍国主
義"を教え込んでいるなどとは夢にも思っていないことであろう。だが、生徒を集団で扱っている限り、軍国主義
や群淘汰と無関係であることは難しい。


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