史上最大のボロ儲け ~ポールソンという男 1/6

ポールソンは1980年ハーバードビジネススクールをきわめて優秀な成績で卒業した(クラスの成績上位5%に入っ
ていた。そのころ学内で人材募集を行っていた企業のうち、もっとも高額の初任給を提供していたのはコンサルティン
グ会社
だった。そのためポールソンはコンサルティング会社に関心を寄せた。ウォール街は当時まだ下げ相場に苦しん
でいたのだ。こうしてポールソンはボストン・コンサルティング・グループに就職した。一流ビジネススクールの卒業生しか
雇わない地元の有名企業である。就職した手の頃は、上級コンサルタントであるジェフリー・リバートの助手として、ワ
シントン・ポスト社の不動産投資に関するアドバイスを担当した。ポールソンは当初、不動産投資に賛成していた。
ビーチハーストのポールソンの家の価値が、ここ20年にわたり上昇していたからだ。住宅は良い投資先に思えた。リバ
ートはポールソンと同い年だった。そればかりか、生粋のニューヨーカーである点も、ハーバード・ビジネススクールの卒業
生である点もポールソンと同じだった。リバートはポールソンに住宅価格のチャートを見せた。それによれば確かに住宅
価格は過去数十年にわたり驚くほどの上昇を示している。しかしリバートはその期間のインフレ率を考慮する必要があ
ると指摘した。インフレ率を考慮した住宅価格の年間上昇率はわずか1.5%に過ぎない。つまり再調達原価以下で
購入できる安い住宅やビルでなければ、不動産投資はあまり魅力的とはいえない
ということだ。

1984年にベアー・スターンズに入社した時、ポールソンはもはや28歳だった。しかし合併買収取引のために週に100
時間働き、瞬く間に出世していった。銀行家というものはたいてい自分の取引の腕前を自慢した。自分には収益の高い
金融取引を見抜く力があることを顧客に見せびらかそうとした
。しかしポールソンは、芸術や演劇の話題からビジネスの話
を始めるなど、もっと控えめな接し方をした。部下が失敗をした時に遠慮なく厳しい言葉をかけるなど、ぶっきらぼうな一面
もあったが、ほとんどの同僚が、快活で信頼できる人物だと好印象を抱いていた。「80年代はM&A一色で銀行家たちは
みんなうぬぼれていたよ。でもジョンが自分のことを過大評価することはなかった。現実的な男だったんだ。」ベアーの後輩ロ
バート・ハーテヴェルトの言葉である。
 ポールソンはニューヨークの華やかな社交界に馴染むような人間には見えなかった。気さくで機知に富んでいたが、ある種
の堅苦しさやよそよそしあがあり、夜の街に繰り出す時もネクタイはなくてもジャケットはたいてい着用していた。また、会話が
つまらなくなると話の途中で帰ってしまい、連れを当惑させることもあった
。マンハッタンのしゃれたソーホー地区にロフトを借り
そこで数百人の友人や知人を招いてパーティを開くようになった。クリスマス・ツリーの下に招待客へのささやかなプレゼントを
置いておいたという。夜には友人たちと遅いディナーを満喫した後、人気ナイトクラブへ出かけることが多くなった。時には、一
晩のうちにアップタウンのクラブからダウンタウンのナイトスポットまで回ることもあったらしい。しかし、ポールソンが実際住んでい
たところとなると話は別である。ほかの人なら嫌がりそうなアパート
だったり、奇妙な偽木やぼろぼろの家具のついた驚くほどあ
りふれたアパートだったりする場合が多かった。あるアパートなどは、靴のディスカウントストアの上にあった。ベアースターンズで
ポールソンはデートに失敗した話など、自虐的な話をして後輩を喜ばせていた。あくまで自分を格好良く見せようとするほか
の銀行家とはきわめて対照的
である。ポールソンぐらいの銀行家ともなればオフィスの前に車を待たせておくのが普通だったが
ポールソンはいつもバスや地下鉄を利用していた。後輩のハーテヴェルトとタクシーに相乗りすることもあった。
やがてポールソンは、ベアー・スターンズで働くことに苛立ちを感じるようになった。彼はほとんど毎日、夜遅くまで仕事をして
いた。ところが、それだけの努力をして行っている取引に対し、自分の取り分を主張する同僚があまりに多いため、ポールソン
の取り分が少なくなってしまうのだ。ポールソンは政治的な駆け引きが苦手
であり、賞与を決定する会社幹部に取り入ろうと
いう気にもなれなかった。たとえば、ポールソンが一役買った取引により3600万ドルの利益を上げたことがあった。グラス&カ
ンパニーという投資会社とともに、食品・保険会社アンダーソン・クレイトン・カンパニーを6億7900万ドルで買収した取引で
ある。しかし3600万ドルの利益といっても、ベアー・スターンズのような大企業にはわずかな額に過ぎず、その利益は何百人
もの社員に分配されてしまった。しかし、ポールソンが聞いた話によると、買収事業に着手したばかりのグラス&カンパニーでは
同じ3600万ドルを5人の社員で分け合ったという。ポールソンは大企業では稼げる額に限りがあることを実感した。そもそも
ベアー・スターンズの場合、収益の大半を占めているのは、取引による利益ではなく、顧客から受け取る手数料なのだ。しかし
ポールソンが望んでいたのは、取引による莫大な利益だった。

ポールソンが会場に現れても、顔を向けるものはほとんどいない。それでもいつの間にか美しい女性たちに囲まれていることが
多かった。これといって特徴の無い容姿をしていたが、知的で頭の回転が良かった。また聞き上手でいつもいたずらっぽい笑み
を浮かべながら人の話を聞いていた。1980年代後半というと、うぬぼれの強い生意気な投資家や銀行家がニューヨークの
社交界を支配していた時代である。それなのにポールソンは自分の財産や経歴をひけらかそうとせず、どこか取っ付きやすい
ところがあった。そのため友人たちも、気兼ねなくアドバイスを求めたり、ちょっとした借金を申し出たりすることができた。デート
のために愛車のジャガーを貸してもらったこともあるようだ。「ジョンは実に面白い魅力的な男だった。女性はみんなジョンのこと
が好きだったんじゃないかな。盛大なパーティーを開き、最高のレストランやクラブに連れて行ってくれることを女の子たちはよく
知っていたよ」 ポールソンは金目当てに集まってくる人には警戒を怠らなかった。逆にレストランやクラブの勘定を進んで払おう
とする女性や友人を選んだ。

>女の嗅覚・・・怖いわぁ・・・

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