美智子さまと皇族たち4/4 ~女性の旅立ち

波乱を含んだ皇族たちの船出

美智子さまが皇室に入り、宮廷をとりまく社会を見渡して驚かれたことの一つは離婚の多さだったろう。といっても、もち
ろん"現職"の皇族ではない。皇籍を離れた元皇族たちだ。終戦のとき、宮家は14家あったが、そのうちの三家を直
宮家といい、ときの天皇の兄弟であった。秩父高松、三笠の三宮家である。残りの11宮家のうち、伏見、閑院、山
階(やましな)の三家は維新前から続いており、その後創立されたのは東伏見、梨本、久邇、賀陽(かや)、北白川、
竹田、朝香、東久邇の各家である。この11宮家のほかに、三家-有栖川、小松、華頂宮家もあったが嗣子がない
ためにすでに廃絶していた。この11宮家51人が敗戦のため、GHQの意向もあって皇籍を離脱したのは昭和22年
10月14日のことだった。戦争に敗れた日本は怒涛が逆巻くように、インフレが猛威をふるい、世相が荒廃していた。
一民間人としてはじめて世で生きていくにはなんとも心細い船出だったろう。皇族時代、当主は全員が陸海軍の職業
軍人であったが、軍は一兵も残さず消滅していた。若い皇族は学校や会社に入り、再起をはかることもできた。しかし
30代から上の世代の人たちはいまさら平社員ともいかず、だいいち、これまで軍人の道しか知らなかったのだから、社
会に出てもあまり使いものにならないことは目に見えていた。それに対して女性にはまだ可能性があった。
デモクラシー、男女同権、女性上位などがスローガンとしてもてはやされ、社会進出が目立った。

離婚の第一号は、賀陽宮恒憲王の長女として生まれた美智子さんであった。御摂家につぐ名門、九清華家の一つ、
徳大寺公爵家の次男斉定氏に嫁いだが、1年にもならないで離婚している。理由については、斉定氏が病身だった
からとか、公爵の次男ゆえ公爵夫人になれないからとか、田中男爵家の義人少佐を忘れられなかったから、などとい
われるが真相はつかみにくい。いずれにせよ、この離婚は美智子さんからイニシアチブをとったという点で画期的だった。
夫から妻に離縁状を出すことはあっても、妻からというのは極稀だった。

次は李鍵公殿下と誠子妃。「王公族」の身分を失って、ともに民間人だったことと旧朝鮮の殿下だった。李鍵公は、
戦後日本人として生きるべく、桃山虔一と改名した。もっとも30年ごろまでは無国籍の身になっていた。桃山氏の
財産の大半はソウルにあり、東京では邸が空襲で焼け、財産は5万円の銀行預金だけだったという。皇族の身分
を離れても、11宮家のような一時金を受けなかったので、その日から生活の心配をしなければならなかた。もともと
夫人は新婚当時から夫を軽く見るところがあった。父は分家したとはいえ、大名伯爵家の生まれで、母俊子さんは
松平信子さんの妹なのである。そんな意識に加えて、誠子さんには重大な夫への裏切りがあった。結婚して一年
余りがすぎて長男に恵まれた李鍵公はこれで「公家」は安泰だと欣喜した。そして長男のK君を溺愛した。戦局
が厳しくなると空襲の被害に備えて血液型の検査をすることになった。ところがK君は二人の間に生まれるはずのな
い血液型
だった。殿下は驚倒せんばかりだったが、国を挙げて戦っている時にことをあらだてては皇室が大きく傷つく。
出身が異国だっただけに遠慮も働き、殿下はこのことを一人胸に秘めたまま、屈辱に耐えたのである。しかし戦後の
妻の態度に、桃山氏はこれまで元皇族の名誉にと耐えてきた、この件への堪忍袋の緒が切れたのである。

> うーん、すっごいね。AとBだと難しいのよ。全部生まれる。OとOで子供Aとかお洒落だよね。華麗なる一族とか、
> こんなんばっかり読んでるとさ、血液型だけじゃ信用できないんだよね。否定しようがないくらい外見が似てないとさ。

元皇族の離婚第三号は夫婦とも皇族出身だった。伏見宮博恭王の三男博信王は大正15年、臣籍に降下し
て華頂の姓と侯爵を賜り、廃絶した華頂宮家の祭祀をうけついでいた。閑院宮華子女王と結婚。ところが海軍
大佐だった華頂氏は、終戦後は植物遺伝学の研究に没入する日々となった。きわめて無口で温厚そのものの、
もともと学者肌の人だったのである。一方、明るく社交的で美貌の華子夫人は、夫とは正反対に婦人衛星団体
の総裁として、渉外活動で出歩くことが多くなった。そしてそうこうしているうちに戸田豊太郎氏と親しくなってしまっ
た。戸田氏は英国ケンブリッジ大学に学び、スマートで弁舌もさわやかな英国型紳士である。ある夜、自宅の離
れの応接間で親密にしている現場を華頂氏に目撃されてしまった
。逆上した華頂氏は一方的に夫人と離婚した。
価値観が一変し、誰もが自由を謳歌できる時代になると華子さんのなかにも今まで自分の中に眠っていた「女」
が呼び覚まされたようだった。

> だよなぁ。女だって、色々やるよな。自宅でやっちゃうとはなかなかの肝っ玉だが。

閑院宮春仁王は、陸軍少佐で終戦、戦後倉庫会社を作り年々業績を伸ばし旧皇族中の旗頭といわれた人
だった。その夫人直子さんは一条公爵家の出で姉の朝子(ときこ)さんは伏見宮博義王(戦病死)の妃。華頂
氏は博義王の弟である。閑院氏は知的ハンサムで人柄も良い人だがなぜか結婚当初から直子妃に興味を示さ
なかった
。軍時代に西口という当番兵と親しくなり、戦後も彼を閑院家の執事としていた。そしてしばしば、妻の直
子妃の眼前で不自然な行いをしていたという
。そのため直子妃も空閨をかこち、あるやんごとなき方と親しくなり、
戦後まもなく妊娠し、中絶している。閑院氏とは夫婦でありながら、一度も懐妊することがなかったのに・・・。つい
に直子さんは家を出てしまった。閑院氏との虚飾の愛に、いつまでも耐えられなくなったのである。閑院氏は妻に
逃げられた屈辱と口惜しさに激怒した。皇族だった人の常として、愛はなくても夫婦の形だけは生涯続けていき
たかったのである。

> 閑院宮氏は実業家だろ? タダで離婚できるのなら良しとしなければ、競争社会で生き残っていけないぞ。
> 眼前で不自然な行いをしていたという・・・、いいな、これ、笑える。俺も眼前で不自然な行いしちゃおうかな?


賀陽邦寿氏の純愛

邦寿氏は離婚第一号賀陽美智子さんの長兄で、実に三回の離婚を繰り返している。最初の結婚は26年2月、
相手は津雲国利代議士の長女龍子さんであった。周囲から祝福されて賀陽家に入った龍子さんだったが、2日、
3日、4日と日は過ぎても、夫の邦寿氏は妻に指一本触れようとしないことが気がかりだった。龍子さんも夫婦と
なれば夜の生活はどのようになるのか知識としては知っている。皇族育ちゆえ、その方面は無知なのかとも思った
が、どうも態度がよそよそしいのである。新婚旅行をしないのは、皇室ではそのような例がないから、といわれて納
得したがどうもおかしい。
あれこれ描いていた新婚の夢が無残に破れて、ウツウツとする龍子さんだった。実は邦寿氏は親の結婚強請に効
し切れずに式を挙げたが、心には深く期するものがあった。当時邦寿氏にはひたむきに愛する一人の女性がいた
である。それも元舞妓さんだった。南洋子という大工の娘だった。9人も兄弟がいたため、10歳のときに祇園の妓
方(置屋)に預けられ、13歳から芸妓(舞妓になる前の半玉)になった。一重瞼の大きな目は利発そうでチャ
ーミングではあったが、美人というほどではなかった。二人は出会い、その春に京大を卒えた賀陽氏は、東京銀行
に就職が決まっていた。そこでご両親、兄弟のいる東京に戻ってきた。同じころ洋子さんも上京してきて大森のア
パートに住んだ。しかしこのころになるとさすがの賀陽氏も彼女との結婚は諦めていた。かといって愛情がなくなっ
たわけではない。大学最上級のころ孝宮和子内親王との縁談が持ちかけられた。昭和天皇の第三皇女である。
それをお断りしてご両親を大変怒らせ悲しませた。旧佐倉の藩主、堀田伯爵の娘英子さんとの縁談にも賀陽氏
は乗らなかった。英子さんは学習院一の美人と騒がれ、政商小佐野賢治氏の妻となった。
 洋子さんは上京後しばらくして、結核を患う身となってしまった。一旦京都に帰ったものの賀陽氏は再び東京に
呼び寄せ、昭和医大に入院させた。それから駒込に小さな家を建て、ばあやをつけてそこで療養させた。賀陽氏
自身は下落合のご両親と住んでいたが、毎日必ず見舞いを欠かさなかった。栄養になるバター、チーズ、果物そ
の他の食料品、当時はまだ不自由なころであったが、賀陽氏は両手に下げて日参し、どうしても見舞いに行けな
いときは電報で知らせていたという。賀陽氏の洋子さんへの愛情は涙ぐましいばかりだった。結核ゆえ伝染の可能
性もある型かもしれあいが、枕頭に長く付き添って励まし慰めていた。しかしその介抱の甲斐もなく27年に息を引
き取った。祭壇には洋子さんの浴衣姿の写真とともに、賀陽氏に宛てた洋子さんの手紙が、もう一つの額縁に飾
られていた
。関西方面に出張するときはいつも墓参りを忘れず、法事にも毎回出席した。父、南佐太郎さんは元
皇族殿下が、自分の娘に対してここまで深い愛情と情けを与えてくれることに感涙していたが、賀陽氏の洋子さ
んへの追慕の情はそればかりではなかった。いまはもうないが、当時の洋子さんの家は入り組んだ狭い住宅地の
角地にあり、病室だった部屋は細い道路に面していた。薄暮になったころ、その部屋の近くで食い入るように見つ
め佇む賀陽氏の姿が、洋子さんが亡くなった後、なんどか見かけられた

> これは厳しいな。死んでいるゆえに思い出は美化され、悪くなることはない女が相手か。龍子さんも気の毒に。
> 単なる俺の推測だが、邦寿氏がここまで尽くしていたのなら賀陽一族はこのことを知っていたのではないだろう
> か。龍子さんという嫁には真実はいつまでも知らされないが、一族のものは全員知っている。担がれてたことに
> 気づかされた時の龍子さんの怒りは想像に難くないぞ。
> 龍子さんには気の毒だが、この賀陽邦寿氏の精神力に驚嘆。俺だったらどうでもいい女でも一晩供にすると・・・。

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