青雲の大和 ~鎌足の謀略 2/3

蘇我権力の下での、策士・鎌足の謀略

軽皇子、古人大兄、ともに鎌足は見限った。あれでは国家改新の大業の先頭に立っていただくわけにはいかない。とはいえ、鎌
足にはあと主と仰ぐべき皇族はみあたらなかった。鎌足が主君に期待する条件はそれほど厳しいのである。まず、英傑でなけれ
ばならない。どんなに人徳がそなわっていても皆の先頭きって突き進める力と気概がなければ奉戴するに値しない。識見より力
である。叡智より覇気である。くわえて皆が未来の夢を託せるような明るい魅力が後光のようにその人にかがやいていてほしい。
皆にとりまかれ、やがては主君として担がれていくのであれば、よくいえばそれこそが英主たる証ではないのか。例えば、あの聖
徳太子はどうであったか。常人とはあまりにもかけはなれた英才であり、超人的な頭脳のもちぬしであったがゆえに、皆が集ま
って陽気に押し上げていくといったことは決してなかったときいている。したがってあの時代の改革はすべて太子の頭脳から出
たものであって地に根付かないまま未完に終わったのではないか。

入鹿の従兄弟、山田麻呂の長女を中大兄皇子が娶ることによって、蘇我勢では入鹿のついで力を持つ山田麻呂を鎌足側に引き
いれる。しかし、長女造姫(みやつこひめ)には愛人、蘇我日向が居て、政略結婚は失敗した。そして次女、越智娘(おちのい
らつめ)が代わりになった。三韓進調の儀で入鹿の暗殺を計画する。百済、高句麗、新羅の三大使、大君、大臣(蘇我入鹿)
が、正殿に揃う。正殿は絶対の聖域である。大臣の資格を持ってでてくる入鹿以外、誰一人帯刀をゆるされていない。
網田「(大君の)御前で蘇我を討てとのことですが、われらには兵(武器)がございませぬ」
鎌足「いま、取らせる」へ以前といった。木製の細長い箱をもちだしてきた。中に収められているのは二本の剣である。
網田「相手の蘇我の臣は黄金の大刀を持っておりますが」
鎌足「それについては、考えがある」

鎌足「もし、ことに敗れた場合、二人(暗殺実行者、網田と子麻呂)には死んでもらう。なぜか。二人は畏れ多くも大君のまえ
で大君のもっとも信頼されている重臣、蘇我入鹿の暗殺を企て、実行しようとした。しかも反蘇我の謀略をめぐらす百済の要人
に買収されて。その嫌疑によって、きみたちは誅殺されるのである。そうすることによって、われらは中大兄皇子をまもりぬk、
蘇我打倒のためのつぎなる戦略に取りかかることができる。私の言う意味がわかってくれただろうか」

入鹿が正殿の入り口に近づいたとき、珍妙な姿をした者が現れた。入鹿のお気に入りの俳優(わざひと)である。入鹿の前で
ひょうきんな仕草をはじめている。そのこっけいな姿に入鹿が上機嫌で笑っているのが見える。なにをやっているのか子麻呂には
わからなかった。鎌足は入鹿のそばによりなにかを助言するように耳打ちしている。入鹿は笑いを浮かべたまま、腰にはいた黄
金の大刀を、俳優がさしあげている両の手に乗せた。鎌足は入鹿がただひとり気をゆるしている俳優にいいふくめて、黄金の
大刀をとりあげてしまったのである。

表文誦読はどんどん進んでいく。緊張でかん高くなった山田麻呂の声がしだいにふるえをおび、やがてかすれて止まった。入鹿
がなにかいっている。不審に思い始めたのだろう。いま、とびださねばすべては終わる。と、階のわきにみをひそめていた中大
兄がさっと剣を抜き、ひと声さけんで殿上へかけあがっていくのがみえた。入鹿は瞬時、何が起きているのか、わからないよう
だった。自分に向かって抜刀して突進してくるのが中大兄であると知って、はじめて腰を引き、わななきながら手をかざした。
最初の一撃は紫冠をつけた入鹿の頭部だった。二撃目は肩、三撃目でようやく子麻呂が追いつき、入鹿の腿を切った。
大君は驚愕の眼をみはって、立ち上がっておられる。「なにごとですか、これは」
中大兄はさっと床にひざをついた。「蘇我鞍作、わが皇統を傾けこれを亡ぼし、みずからが皇帝たらんとしております。いま、
鞍作をうたざれば、大和は蘇我の属領となりはてますが、これをゆるしておけましょうか」

三韓進調の日、まっさきに突進して入鹿を斬ったのが中大兄自身だった。以来、この国の命運をかけた戦いが夜を徹して続いた
はずだが、二十歳の皇子は精悍な顔に疲労の痕跡さえも残していない。玄理、日文に対し、鎌足が新政権の概要について説明を
はじめた。「蘇我を倒したあとの政権でありますれば、まず大臣の地位をどうするかというのが最大の問題でありました」
古来、大和の国にあっては大臣、大連(おおむらじ)は天皇をささえ、補佐する最高の地位であった。大連は蘇我・物部戦争に
敗れた物部守屋を最後に歴史から姿を消したが、大臣のほうは絶大な蘇我権力の象徴のようになり、蘇我馬子から蝦夷へと受け
つがれてきた。「蘇我を倒した政権がこれをそのままひきつぐわけにはまいりません。といって大連を復活させるのもいかがなも
のかということになりまして、結局、大臣の地位を左右にわけ、左大臣、右大臣と呼称することにいたしました。」就任したのは
左大臣、安部内麻呂、右大臣、蘇我倉山田麻呂である。

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