マハティール アジアの世紀を作る男4/4 ~がんばれアジア

日本の発展パターンをモデルにして「マレーシア株式会社」構想を発表したようにマハティールの「ルック・イースト」志向は続いていた。しかし中国系を中心に多くの国民は依然として日本企業の大量進出を警戒し、日本経済によるマレーシア経済の支配につながると見ていた。1983年から84年にかけてこうした声は政界を揺るがす金融スキャンダルによってさらに大きくなった。政府系でマレーシア最大の商業銀行「バンク・ブミプトラ」の香港現地法人「ブミプトラ・マレーシア・ファイナンス」が香港の不動産業者に22億5千万リンギット(当時レートで2200億円)を融資し、それが焦げ付いてしまった事件である。それは天文学的数字だった。マレーシアの人々から見れば国家予算の何分の一といった数え方ができる額である。83年事件が発覚すると早速政府は調査を開始した。その過程で同銀行からUMNO(統一マレー人国民組織)の数人の有力者に不透明な融資が浮かび上がり、国民は調査の行方を見守った。結論が出ないまま84年に入り、真相はヤブの中となってしまった。焦げついた債権は回収不能であることは明らかだった。結局「バンク・ブミプトラ」の株式の90%を所有する国営石油会社「ペトロナス」が穴を埋めることになったが、これに対し野党のみならず、身内のUMNO内部からも非難の声が上がり、マハティールは窮地に立たされた。


マハティールの保護政策の下の国営自動車会社の行く末を見てみよう。

プロトンホールディングス PROH MK 時価総額 2000mil MYRだから約600mil USD相当
チャートはかなり右肩下がり。92年5MYRでIPOし、現在3.45で低迷。
株主構成 筆頭株主 Khazanah Nasionalで政府系金融機関が42.74%
従業員持ち株会 10.75% Petroliam Nasionalが7.85% という事実上の国有企業だね、こりゃ。


85年10月のプラザ合意後、円は上昇を続け、たちまち200円の大台を割った。150円台まで上昇した。これにより輸出比率の高い日本の企業は輸出価格の急上昇によって窮地に追い込まれた。とくに家電、機械、精密機器などの業種は韓国、台湾の追い上げもあり、大幅な生産コストダウンをする必要に迫られていた。企業は安価な労働力を求めて海外に生産拠点を移す必要に迫られた。一方マレーシアは引き続く不況を脱出する目処が立たず、八方塞がりの状態だった。内需の冷え込みを輸出の増大でカバーしたいところだが、外資系企業は外から原料をもってきて外に売る輸出加工区型がまだまだ多く、国内の景気回復にはそれほど貢献しなかった。またサガに代表される重点部門の国策企業も輸出によって多くの収益を上げるレベルに達していなかった。それどころか非効率性と品質の悪さによる収益の減少で赤字を一層膨らませていた。こうした局面を打開するためには思い切った外資導入策を打ち出すことしかマハティールには選択は残されていなかった。その結果生まれたのが「100%外資による進出の制限大幅緩和」というアイデアである。

外国資本が入ってきて好業績をあげている一方で、多くのブミプトラ企業がいつまでも非効率な経営を続けることは両者の相互依存化を遅らせ、マレーシア経済の発展を妨げることになる。いつまでも政府の予算で彼らが作る赤字を支えられないということである。マハティールから見ればマレー人の多くの資本家、経営者には企業人として必要な多くの点が欠けていた。それはコストの収支の意識、信用、納期や契約の履行、労務管理、技術革新、意欲、規律、目標設定、品質管理、情報収集、そして最も重要な経営効率を重視する姿勢などである。

うーん・・・キツイねぇ。どうしたらいいのかマハティールでも困っちゃったんだろうな。マレー人を主婦に置き換えると思い当たることが・・・

英国紙の中傷に大反撃

リー・クァンユーは長髪の男性は入国禁止とし、ロック音楽の流入も制限している。チューイン・ガムも輸入製造を禁止した。シンガポール・マレーシア両国とも入国カードに「麻薬の不法所持者は死刑」という注意書きがある。これはただの脅しではなく、実際マレーシアではこれまで何人もの欧米人(オーストラリア人含む)が処刑されている。その際、エリザベス女王、サッチャー前英首相、ホーク前豪首相などから送られた助命嘆願書は無視された。シンガポールでもつい最近(94年4月)オランダ人が処刑された。マスコミの批判に対しては、ともに自国だけでなく外国のマスコミにさえ厳しい姿勢をとる。両国ではこれまで何度も内外の新聞、雑誌が発行禁止ないし発売禁止処分になっている。発売禁止になった外国メディアはその都度「報道の自由を侵す暴挙だ」と抗議するが、両者とも「ここはあなたの国ではない。私の国には私の国に適した生き方がある。それが嫌なら駐在しなくてけっこう」と厳しい姿勢を崩さなかった。サンデー・タイムズは、「英国政府が武器輸出を見返りにダムを建設する密約をマレーシアと交わした」と報じた。それに対しマハティールは厳重に抗議した「英国のマスコミはいまだに植民地時代の偏見で凝り固まっている。非白人国家の政治首脳なら、簡単に外国企業の買収に応じるとでも思っているのか!訂正と謝罪を要求する。」
さらに返す力で政府関係事業に関する英国企業との新規契約(5年で60億ドル分)を凍結すると決定した。この契約破棄で英国人25000人分の職が失われることになる。
マレーシアの謝罪要求に対し、「サンデー・タイムズ」」紙は「マハティール首相が賄賂を求めたり、賄賂が支払われたとは書いていない」というもの。プライドの高い英国人のこと、すんなり謝るわけがないが、この言い回しは謝罪は拒否したうえで、イギリス流に和解のシグナルを送ったものだ。

94年1月、ASEANは経済共同体化の第一歩とも言えるAFTA(ASEAN自由貿易地域)の2003年創設を目指して、域内関税引き下げを開始した。これによりASEAN域内では今後9年で関税が最終的に5%以下まで段階的に引き下げられてゆく。ASEANのリーダーとして、マハティールはベトナムとも緊密な関係を築いている。すでにプロトン社はベトナムと合弁で進出することが決定。NIES化したマレーシアが今度はベトナムに教える立場になった。また、石油公社ペトロナスもベトナムと共同開発に乗り出している。ベトナムのASEAN入り、そしてマレーシア企業のベトナム進出という話を聞いていると、改めて時の流れがいかに速いかが分かる。

先進国入りという具体的な言葉を使って国民に働く動機と夢を与えること。具体的に30年後に先進国に入り、4倍豊かになるには、どれだけのペースで成長すればよいのか、目安も設定された。マハティール自信は30年後に先進国入りする数字的根拠を次のように説明している。「私は1991年から10年ごとに実質的なGNPを倍増してゆくつもりだ。この急成長を達成するには向こう30年、年平均7%の成長率を達成することが必要だ。

うーん、多分、難しいな。今となっては、後10年しかないよ。

【愛国者・民族主義者】
2011.07.12: 父親の条件2/4 ~フランス人の高慢ちきな態度はここから
2011.05.10: 日本改造計画2/5 ~権力の分散と集中
2011.02.17: 田中角栄 その巨善と巨悪 ~議員立法
2010.12.06: 田中角栄 人を動かすスピーチ術 ~カネの使い道
2010.07.13: 日本帰国 第一幕 靖国参拝
2010.05.25: 靖国で泣け
2009.08.21: インド独立史 ~ナショナリズムの確立
2009.01.06: ユーゴスラヴィア現代史 ~Titoという男

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