金賢姫全告白 いま、女として5/6 ~日本人になります

1981年7月はじめ 李恩恵登場

この特閣招待所は9号招待所と大変近かったが、移転場所の位置を私に隠すためベンツで付近をぐるぐる回った。ところが私はその付近の地理に明るかったので、車でむやみにぐるぐる回ったおかげでさらに地理に詳しくなってしまった。秘密を守ろうとして逆効果を与える結果を招いたのが、私は知らぬふりをしていた。車が招待所の庭に止まると、招待所のネーさんと洒落た身なりの女性が嬉しそうに走り出てきた。一見しただけで北朝鮮の女性とははっきり違い、全身から外国女性の雰囲気が漂っていた。身長166cmほど、口も目も大造りの外国風の容姿であった。彼女は北朝鮮の女性達の羨望の的である薄いヒラヒラしたナイロン・ジョーゼット布地のベージュ色のブラウスと、紺のロングスカートを着ていた。髪は長めでパーマをかけ、濃い化粧をしていた。お白粉をぬり、眉墨と口紅をつけ、頬紅をすることが化粧の全てだと思っていて、アイシャドーをつけることなど全然知らなかった。目じりに青い線を引き、上瞼をキラキラさせているのは本当に異様だった
「こちらは玉花トンムに日本語を教えることになる李恩恵先生です。これから一生懸命に日本語を習ってください。」
恩恵先生は、それまでひとりでいたのでうんざりしていたのか
「これから玉花同志と一緒に過ごせることになって大変嬉しい。心配しないでください。私が責任もって教えますから。」と言った。

恩恵先生と私は個人的身の上については秘密にしていたが招待所の料理係を通じてあるていど知るようになった。彼女は不幸せな女性であった。無意識のうちに自分の日本名は"ちとせ"だと洩らしたことがあった。工作員が自分の身の上を明らかにすることは厳しく統制されていたので、恩恵は自分の日本名を喋ってしまって狼狽の色を隠せなかった。彼女があまりにも慌てていたので、私はそれ以上問いつめずそしらぬふりをしていた。年は当時19歳の私より5歳上の24歳だといっていたが、身体つきはネーさん風であった。一緒に入浴したことがあった。そのときに見たが乳房が垂れて、乳首が黒ずみ大きかったし、腰に贅肉がついていた。その身体つきを見ておおよその推量はできた。しかし若い女同士の自尊心の問題もあって恩恵は私にはじめは結婚していないと偽った。招待所のネーさんは「言動から見て、多分日本の酒場で働いていた女性でしょう」といった。私の目にもそのように映った。酒、タバコをよくのみ、"同席食事"のとき、恩恵や課長や指導員に酒を注いだり、灰皿をすばやく空けると彼らは、「やっぱり慣れてるだけあって手際が良いねぇ。恩恵の恋人は多分50人を超すだろう」と冗談を飛ばした。

厳しいな。まー、わかるか。タイのオカマが、胸にシリコンを入れていて、「急激に膨らませているから胸の上に妊娠線のようなものができているのが不自然だ。」と私が述べたら、同行した人に「私、妊娠線なんか見たことなーい。経験豊富な方は違うわね。」と嫌味を言われたこともある。

ときどき彼女が私達朝鮮人の悪口をいうときは激しく言いあった。「朝鮮人は食後に水で口をゆすいでそのまま飲み込んで汚いわ」「朝鮮人はご飯に汁を混ぜたり水に混ぜたりして食べて変じゃない」「朝鮮人は寸法を取ったり大きさを標示する時、手で腕や手首をつかむのでいやらしいのよ」あるときは「朝鮮人はなぜ同じ民族同士で争うのかわからない」と言って私を怒らせた。「私たち朝鮮人をこのような状態に落としたのは日本人だ。日本は36年間わが民族を抑圧しながら、血と汗を搾り取って分断の原因を作ったのだ」と反論した。

恩恵は自分の贅肉を落とそうとコーヒーを頻繁に飲んだ。北朝鮮ではポッチャリと肉付きが良い人が美人とされたので、スリムになりたいとする人を見ると変な気がする。ましてやご飯を抜いても痩せるなど、考えられないことだった。もともと食べ物が不足しているのだからわざとご飯を抜くなど信じられないことであった。

俺も、「スリムになりたいとする人を見ると変な気がする」わ。やはり、ムチムチ・パンパンが理想ですね。

鄭指導員や張指導員と金勝一は資本主義の国に移動するための準備をした。ここで一番問題になったことは、オーストリア国境をどのように通過するかということだった。ソ連、ハンガリーなどの社会主義国では、北朝鮮の公務旅券を使用してきたが、資本主義国では日本の旅券を使用しなければならない。ハンガリー国境を越える前の出国審査のときは、北朝鮮の公務旅券を見せねばならずオーストリア国境の哨所を通過する時は日本の旅券を見せなければならないのだから厄介なことであった。飛行機ははじめから利用することができず、列車を利用するか車を利用するかと、国境通貨方法についてもめた。

金勝一がいくら年をとっていようと、23歳にもなる女性が、男性と一つの部屋で寝なければならないのは真理的にすんなりと受け入れがたかった。なんでもない関係と言っても何かと不便なことがあった。そうかといって、別の部屋を取る余裕など無かった。私は金勝一が寝てから、服を着たままベッドに入ったりした。かさっという音を聞いただけでも目が覚めた。金勝一はホテルの部屋に入ると室外の時とは違って徹底的に事務的に接してくれたので助かった。彼は気のつく人なので、私の悩みを見抜いたのだろう。私もまた、当時は誰にも引けをとらないくらいに思想性が徹底しており、党に対する忠誠心に燃え、革命精神で武装していたので、か弱い女性に見られる隙をあたえなかった。金勝一の行動が少しでも唯一思想体制にはずれるとか、工作員の三大生活原則に違反すると感じられれば、容赦なく批判を加え、あらわれた欠点を指導員や課長にためらわずに、"提起"することもできる。いざとなれば、金勝一のような年寄りひとりくらいは、いつでも押し返す力が私にはあった。私の撃術の実力は、かなり力のある男性の襲撃でも受けて立つことができるだろう


うーん、良いな。肉体的にも自信がある。素晴らしいことだね。

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