インドネシア 多民族国家という宿命 3/3 ~国際的位置づけ

非同盟から反共へ

インドネシアの外務省のエリートコースは国際機関が本部を置いているニューヨークやジュネーヴの大使館勤務だといわれている。日本が得意とする二国間外交とは違って、インドネシアは伝統的に多元的外交(多国間強調主義)を原則として、東西冷戦下ではどちらの陣営にも距離を置くことで国家主権の維持と国益の獲得を目指してきたからだ。インドネシアの外交官は自らの国の立場について胸を張りながら「南の代表」「穏健派イスラムの代表」「ASEANの盟主」「非同盟諸国の雄」などと表現する。マルティも最初、ニューヨークの国連本部で勤務した。スカルノが「インドネシア共和国」の独立を宣言するのは1945年8月17日。オランダの独立戦争を経て、実際にインドネシアが国際社会に登場するのは50年8月からである。米ソの冷戦はすでに本格化しており、スカルノは東西いずれの陣営にも属さない反植民地主義を掲げた。その外交原則の頂点が55年4月のバンドン会議だった。この会議は後に新たな外交潮流となる非同盟運動の原型となった。しかし非同盟運動の中心国としてインドネシアの国際的地位を向上させたスカルノ自身は、議会制民主主義の失敗から次第に社会主義に傾斜、反米・親中国路線を強めていく。インドネシアは65年1月、対立していたマレーシアが国連安保理非常任理事国に選ばれたことを理由に国連を脱退。米国や国際通貨基金(IMF)は経済援助を停止し、経済は破綻(インフレ率500%)の危機にさらされた。ちなみにインドネシアの国連脱退は、国連創設以来唯一の脱退例となっている。欧米への過度の経済的な依存は、国民に露出されないことも重要だった。アジア通貨危機がインドネシアを直撃した97年10月、暴落する通貨ルピアに対してインドネシアはIMFに緊急要請した。IMFは翌98年1月、融資の条件として経済構造改革に関する協定をインドネシアと締結するが、その際、スハルトが協定書に署名している横でIMFのカムドシュ専務理事が腕組みをして見下ろしている写真が報道された。
0525IMF.gif
国民は「屈辱的だ」と反発し、威信を失ったスハルトはその4ヵ月後に辞任に追い込まれた。インドネシア中央銀行によれば2000年末の時点での政府と国営企業の対外債務残高は約800億ドルに達していた。

 97年7月、社会主義国のヴェドナムがASEANに正式加盟した。これはASEANの成り立ちの要素だった「反共同盟」からの脱皮を意味し、97年にラオスとミャンマーがそれぞれ加盟、内戦が勃発していたカンボジアの加盟も時間の問題となる。(正式加盟は99年)07年に発足30年を迎えたASEANは、東南アジア域内10ヶ国を包括する「ASEAN10」を事実上完成させ、「東アジアの奇跡」は永遠に拡大していくかのように思われた。しかし、このとき、タイではすでに通貨バーツの下落が始まっていた。そして通貨危機は瞬く間にマレーシア、インドネシアに波及していった。
 手持ち通貨の価値が半分になったことを庶民が実際に体感するのにはしばらく時間を要する。インドネシアの通貨は1997年10月の時点で1ドル3200ルピアだったが、半月後に6000ルピアに下落する。食料品や日用品など主要消費物資の価格は約一ヵ月後、二倍以上に高騰し、市場は殺到する人々でパニック状態に陥った。政府が同年11月に不良債権を抱える16銀行を一斉に閉鎖したことで、社会不安をいっそう助長させた。危機は各国政府に対して。市場のグローバル化に対応するためには世界基準の自由化と民主主義が不可欠なことを認識させ、国家と企業に「良い統治」を求めた。市場による形のない圧力はスハルトにとって想定外の干渉だったに違いない。
 通貨危機はインドネシア外務省にとっても最大の試練となった。スハルトが最も警戒した外部からの自由や民主主義の要求が99年の東ティモール住民投票と騒乱事件をきっかけに具体的な形となって現れてきたからだ。オランダのラジオ局記者がメガワティ政権のユスリル法務・人権相にインドネシア国内の人権侵害状況を質して、怒鳴られているのをかたわらで聞いたことがある。ユスリルの主張はこうだ。「人権、人権というが、オランダがインドネシアを植民地支配していた300年の間、言葉にできないほどの人権侵害が行われてきた。あなたたちの指摘する『人権』とはいったい何を意味しているのか」米同時テロはイスラム勢力を刺激する危機でもあり、対米関係修復のチャンスでもあった。しかしインドネシアは、大国が武力で主権国家を攻撃する行為はどうしても容認できなかった。「われわれにつくか、それともテロリスト側につくか」(ブッシュ大統領)という考えからは独立宣言して以来、主権を維持するために掲げてきた多国間強調主義の否定となるからだ。米国は02年に入って東南アジアを「対テロ戦の第二戦線」とみなし、フィリピンで米比合同軍事訓練を開始する。隣国マレーシアは早々に国内のイスラム過激派の取締りに乗り出していたが、インドネシアは国内の不安定化を恐れて手をこまねいていた。ブッシュは同年2月の一般教書演説で、北朝鮮、イラン、イラクの三国を「悪の枢軸」と名指しし、同年6月、テロとの戦いで米国民や自由を守るため、先制攻撃を容認するというドクトリンを発表した。同年のバリ島爆弾テロ事件の200人以上の犠牲者のうち、88人がオーストラリア人だった。ハッサン外相の首席秘書官ウマル・ハディは執務室を訪ねた筆者に苦い表情を見せて「インドネシアは悪の枢軸の少し下ぐらいに位置づけられた次の標的かもしれない」と漏らした。

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