東電OL殺人事件 1/2 ~その人

「東電OL殺人事件」が起きた時、世間は発情といってもいいほどの過剰な反応を示した。昼は美人エリートOL、夜は売春婦。マスコミは彼女が被害者であることをそっちのけに、昼と夜の二つの顔の落差に照準を当てたストーリー作りに狂奔していった。

迷宮のような円山町の路地

渋谷駅から道玄坂をまっすぐ登り、ほぼ上りきったところで右に曲がる。そこが円山町の入り口である。都内有数のこのラブホテル街は、渋谷ホテル旅館組合という団体によって統括されている。その組合員の一人によれば、円山町のホテルの回転率は平日で三回転、土日で、5、6回転、平均すると1日4,5回転だという。円山町のラブホテルの部屋数は一軒あたり約20室といわれるから、この町のラブホテルを利用するカップルは一日平均5000組、人数にすると10000人にものぼる。

若いカップルが発散するフェロモンでむせ返った円山のラブホテル街は、「廉恥心」の三文字がみごとなほど欠如した街である。ここにはアジア人売春婦が跋扈する新宿の大久保通りのような暗さはまったくない。迷路のように入り組んだラブホテル街を抜けたところに井の頭線の神泉駅がある。踏切を越え5メートルほど行った右側の木造モルタルの古ぼけたアパートが彼女が殺害された現場である。現場をすぎてまっすぐ進むと、淫風漂う街並みとはうってかわった広壮な住宅街に突き当る。都内でも屈指の高級住宅地といわれる松涛は円山のラブホテル街とまさに隣接しており、そのあまりの落差の激しさに一瞬軽いめまいを覚える。都知事公館や松涛美術館が落ち着いたたたずまいをみせるその街の一画に、かつて鍋島藩の庭園の一部だった鍋島松涛公園という小さな公園がある。

確かに、渋谷駅から東大までの間は、歩くと面白い。松涛とラブホテル・風俗街が隣り合い、109、センター街まで続いているからねぇ。今日はどこで足を止めようか、と彼女も考えながら歩いていたに違いない。事件が起きたのは1997年だから、俺はもしかしたら彼女と一度くらいは遭遇していたかもしれない。

一度近くのホテルでトラブルを起こして彼女が裸で外へ飛び出してきたことがあった。しばらくして会社のワープロで「申し訳ありませんでした」というお詫びの文書を打って、近くのホテルに配ったんだ。そういう点は素直で律儀だったよ。それにしても彼女は偉いよ。雨の日も風の日も毎晩この街に立つんだからな。宮沢賢治だよ。それにどんなことがあっても必ず終電で帰る気力を残しているんだからね。稼いだらすぐパッパと使うプロには絶対真似できないことだよ。
 彼女の律儀さは、二年間「客」としてつきあった50代の男が貸してくれたクリスマスカードやバースデイカードからも伝わってきた。自分の姓をわざわざ旧字で書き、文章もきちんとした楷書で書かれていた。いま私の手元に、その客がカードと一緒に貸してくれた彼女のあられもない姿を映した数葉のカラー写真がある。しかし「客」自身がベッドの上で撮影したその猟奇的な写真よりは、カードから聞こえてくる軽やかなメロディーのほうが、崩壊する自分を必死で食い止めようとする彼女の哀切な内面が、ずっと切実に伝わってくるように思える。彼女は自分の方から客に電話をかけるとき、必ずコレクトコールでかけてきた。客がその理由を聞くと彼女は「不在の場合、留守番電話になるので10円損する」と顔色一つ変えずに答えた。ホテルで彼女が飲む3本の缶ビールはたいていの場合、彼女が道玄坂近くの酒屋で買ってきた。彼女はその領収書を必ず客に渡してその分の金をきっちり請求した。

終電で帰る=時間の管理、細かいところもきっちり=お金の管理。確かにねぇ、その筋の女性は、だいたい時間も守れなく、金にもだらしない民族だよ。Orchard Towerの女子トイレは外から見えるようになっていて、そのような人たちの巣窟で、5-6人集団で居るとちょっと怖い感じすらある。普通の女の子が利用する雰囲気ではない。

彼女は電気新聞などの業界紙の切り抜きを東京電力のネームの入った大型の紙袋にいれ、客の自宅に定期的に送ってきた。客がフリーでコンピュータ業界の広報関係の仕事をやっていることを知ったためだった。広報関係の仕事の少しでも役に立てばという親切心から出た行動ではなかったかという。彼女とは2年間つきあいましたが、その間、宝石が欲しい、毛皮が欲しいというおねだりの類は一切ありませんでした。逆に気をきかせてのことなのかセンター街にあった「村さ来」の領収書を何枚かまとめて1本にしたものを月に一度、もってきてくれました。自営業だから節税対策が大変でしょうっていってね。金額は24,000円くらいで偶然なのか、僕が彼女に払う1回分の料金とほとんど同じでした。彼女は客とホテルに入ると必ず3本のビールを流し込んだ。その際1本は決まってアルコール度数の高いビールを選んだ。いかにも経済学部の出身者らしいその計量感覚は彼女を堕落の道に突き落とすためのイニシエーションの最後の一押しだったかもしれない。

堕落によるものなのかねぇ? 堕落というには文章の中身が矛盾しているではないか。私とは絶対相性が良い女性なのは間違いない。そのような女性を失ってしまったのは残念でならない。

泰子が異常なまでに父親を尊敬していた。
お父様は東大を出て東京電力につとめているとのことで、父をものすごく尊敬している、父は東京電力の部下にもすごく慕われている、何を聞いてもわからないことはない、といってました。理科系の問題でわからないところはお父様に聞いていたそうです。彼女は本当にお父様のことが好きなんだなあと思う反面、ちょっとファザコンなのでは、とも思いました。おそらく父親も泰子のことを溺愛し、名門女子高に泰子を合格させるため、手取り足取り受験の指導をしていたのだろう。泰子がガリガリに痩せていくのは、その父親が闘病から死にいたるまでの頃だった。

ある年の年賀状には「経済の論文が載りました」、「春からシンクタンクに出向して経済の勉強しています」「部下が出来て責任重大です」「仕事が忙しく、自分の時間がなくなりそうです」最後にもらった年賀状には「まるでサラリーマンのような毎日です」
泰子は月曜から金曜の9時から5時まで勤務するハンコでついたような毎日がまるでサラリーマンのようだといいたかったのだろうか。それとも昼は東電で頭脳を売り、夜は円山町で肉体売る生活がまるでサラリーマンのようだといいたかったのだろうか。

確かに論文・シンクタンクって時代は普通の"サラリーマン"の仕事じゃなさそうだね。

1980年に慶応の経済学部を金時計組に近い成績で卒業した泰子は、父親の部下だった人物の口ぞえで東京電力に入社した。配属されたのは企画部調査課だった。やすこはそれから13年後の1993年、経済調査室の副長という管理職に抜擢されるが、いずれの職場も通産省や資源エネルギー庁との情報交換や、経済動向などの分析が主な仕事だった。

うーん、バリバリのエリート街道、才媛ですなぁ。実に惜しい人材を失った。残念でならない。

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