ウォールストリートの歴史 6/8 ~独占体制の崩壊

Chapter7. ウォールストリート、ニューディールと出会う 1930-1935

1933年の晩春に成立した新しい銀行法は「1933年のグラス・スティーガル法」とか、単に「銀行法」と呼ばれるようになった。銀行法によって預金保険が生まれ、投資銀行と商業銀行の業務は明確に分離された。グラス・スティーガル法はハイペースで上院を通過している。預金保険について「なぜ銀行の背信行為に政府が保険を提供しなくてはならないのか」とイデオロギー的に捉える議員もいた。反共産主義的な空気が濃かった当時これは社会主義的なシステムではないかというのである。しかし、この制度の意図は現実的で、何らかの保証をしない限り国民は、タンス預金を続け、景気の回復が見込めなかった。

銀行法は、商業銀行の引受業務や企業証券の取扱業務を直接禁じているわけではない第20条項で商業銀行が証券市場で10%以上の利益を上げることを禁じて、それが事実上の分離を作り出している。モルガンは時代の流れを認めながらも、新しい銀行法は短命に終わると踏み、商業銀行のほうを選択し、証券部門を独立させている。モルガン銀行の株式、債券業務を引き継いだモルガン・スタンレーの初代会長はハロルド・スタンレーで、モルガンのパートナーだった。

インサル帝国の崩壊

ニューディール陣営は、1934年末までに自由に闊歩していたウォールストリートに痛烈な一撃を加えていた。上院は1812年の対英戦争以降、実業界に求めた規制以上のことを銀行業と証券業に要求していたのである。銀行法と証券法は、一般投資家たちを守る手段であると同時に個人を標的としたものでもあった。1933年の証券法はナショナル・シティ・バンクとナショナル・シティ・カンパニーを、銀行法はJ・P・モルガン帝国を狙ったもので、証券取引法はリチャード・ホイットニーと証券取引所を連邦政府の規制下におくものだった。1935年に公益事業持ち株会社法が制定された背景には、札付きの産業資本家だったサミュエル・インサルの公益事業帝国の影があった。新法が成立すると、公益事業を保有する持ち株会社はSECに登録しなければならなくなった。証券当局は持ち株会社を単一組織に限定する権限を持ち、インサルの帝国のような巨大組織を解体できるようになった。新規証券を発行する公益事業会社は従来の投資銀行家と絶縁することが要求されていた。6年後、この条項は拡大され、新規証券の発行のとき競争入札を求められるようになった。ウォールストリートの歴史の中で、初めて投資銀行と企業との関係が連邦政府から干渉を受けることになったのである。


Chapter8. 苦闘は続く 1936-1954

競争入札問題

ウォールストリートは圧倒的に競争入札に反対していたが、地方投資銀行家のなかから公然と競争入札に賛成するものも出てきた。オーティス社のサイラス・イートンやホールジー・スチュアート社のハロルド・スチュワート、アレガニー・コーポレーションのロバート・P・ヤングなどである。3人ともニューヨークの大手銀行から仕事を奪い取るチャンスと考えていたのである。ハロルド・スタンレーはSECが競争入札を求めてくると予想していて「企業債券の新規発行について競争入札を行うことは、発行元企業にとっても投資を行う人たちにとっても不幸な結果を招くだろう」と反対を表明した。競争入札は民間企業に対する政府の強制の表れであるというのである。さらにスタンレーは「投資銀行は有益な事業であり、その発展は専門的な基準と配慮、責任の3つから遠ざかるものではなく、それを目指す方向で行わなければならない」と語っている。

連邦準備制度がコントロールする

連邦準備制度は戦争の勃発によって市場での権威をかつてないほど強めるチャンスをつかんだ。戦争のたびに、政府の資金調達が企業や地方自治体のそれを市場から締め出しており、第二次世界大戦も例外ではなかった。この戦争では連邦準備制度が通貨や債券の市場でウォールストリートから素早くチャンスを奪って活発な操作を行い、それにウォールストリートはただ付き合うしかなかった。資金調達の規模でも全国的な動員数でも、ウォールストリートが連邦政府の先を走る余地はなかった。

戦争中、その戦争遂行の資金調達に大きな役割を果たした機関として、ジェシー・ジョーンズが率いていたRFCが挙げられる。RFCは1930年代を通して巨額の資金を業界に提供していて、世界最大の法人組織といえた。戦時下の生産のほとんどがRFCの子会社だった国防プラント社を通して調整されている。主要な基幹産業の多くがRFCの施設拡大見積もりを受け入れ、自腹を切って施設を拡大して戦争に協力していた。ジョーンズが見積もることで利益は抑えられ、戦争に協力した大企業の利益は最小限に留められていた。RFCと国防プラント社はアメリカ産業が生産増加の要請に見合うように施設を拡大するのを支援するため、90億ドルを投入している。
 投資銀行業界のジェイ・ホイップル会長は、1943年、投資銀行の役割について「投資銀行の仕事は戦争に勝利するための支援活動をすると同時に民間企業を守ることである。自由な資本市場がなくては自由な企業システムはありえない。産業が政府から資本を得なければならなくなるからである。」と発言した。RFCが戦争のために資金調達を助けようと資本市場に乗り込んできたことが投資銀行を神経質にしていた。

連邦準備制度は戦争中、金利を安定させるため市場に介入し、自信の権威を増していた。この介入の意図は、金利をできるだけ低く、安定したものにして債券市場で資金調達が安く行えるようにしようというものだった。財務省は1941年から1945年の間、市場で7回、戦争債を発行している。販売する時各地区の連銀が調整に当たり、販売に協力する銀行に債券を割り当てた。全国の500近くのディーラーと何千という銀行が債券販売に協力していたが、ほとんど利益が出ず、経費も弁済されなかった。もっとも売上高が多かったのはキダー・ピーボディー社だった。こうした戦争債の発行の結果、アメリカの債務高は1941年に480億ドルだったものが1945年には2600億ドルになり、総人口1人当たり1500ドルの増加となっていた。

【金融・通貨制度】
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