中国人民解放軍の内幕 2/3~後回しにされ続けた中国海軍

1950年朝鮮戦争、中国軍の死者数は米軍のおよそ10倍。アメリカ軍の空軍力のすさまじさ。まずは空軍力の強化。
中国は経済や軍事技術の分野で、兄貴分・ソ連に大きく依存してきたが、その関係が急速に悪化し、1959年にソ連は、中ソ新技術協定の破棄を中国側に通告。
1989年天安門事件、西側からの制裁対象、軍事交流が厳しく制限。当時の中国が空母建造に際し、最も期待を寄せていたのがフランスでした。

空母建造計画を、最終的に政治決断でゴーサインを得たのは北京オリンピックを成功させた2008年。

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中国の第一声は2009年梁国防部長「大国で空母を持っていないのは中国だけだ。永遠に中国が空母を持たないわけにはいかない


トラブル続きの「ワリャーグ」号

中国は国産空母建造以前に、旧ソ連のウクライナから購入した空母「ワリャーグ」(6万7千トン)による試験航行だったのだ。ワリャーグは旧ソ連ウクライナの造船工場で建造がはじまり1988年には船体も完成して進水したニミッツ級空母だが、内装設備や兵器の設置などの工事が進まず70%程度が完成したままずっと放置されていた。ソ連邦解体により、ロシアとウクライナの間に国家間の諸問題が持ち上がったためである。特に黒海艦隊をめぐる主張の違いは鮮明で、ワリャーグの建造費負担をどう配分するかという問題も深刻な対立点となったのである。そして、ロシアが最終的にワリャーグの建造費を負担しないことを通告すると、ウクライナはワリャーグの建造を中断してしまったのだった。

ワリャーグが国際市場で売りに出されたのは1998年のことである。既にエンジンや操舵機能を失われていた空母を買い受けたのは、香港創律グループ傘下の旅行代理店だった。購入額は約2000万ドル。創律グループの当初の構想では、同船はマカオの港で改造を施されて生まれ変わった後、巨大な海上カジノ&バーとしてマカオの海に浮かべるというものだった。だが母港があった黒海から中国までワリャーグを運ぶのは簡単なことではなかった。まず出港直後に、トルコ政府が船の通過にクレームをつけた。ボスポラス海峡を通過する際に、同船がボスポラス大橋を破壊しかねないという理由だった。こうなるともはや一企業の手に負える問題ではなく、当然のことながら中国政府に解決を委ねるしかなかった。結局、中国・トルコ両政府間で16カ月もの話し合いを経て、ボスポラス海峡を通過することができたのは2001年になってからだった。次なる問題はスエズ運河だった。同運河を管理するエジプト政府から「動力の無い船舶の通航は許可できない」との理由で拒否されたからである。仕方なくワリャーグはアフリカ喜望岬回りでマラッカ海峡を経るルートを選ばざるを得なくなった。そのため、計3か月あまりもの長い時間をかけてやっと大連港にたどり着いた時には2002年3月になっていた。

空母の基幹技術とも言えるカタパルトの技術は、言うまでも無く高度な軍事技術である。入手したくても、簡単に手に入るものではないが、前述のように中国はかつて、このカタパルト技術をフランスの協力を得て装備しようと考えていた。一度は断念したその悲願がかなうチャンスが訪れたのは2011年のことだ。2011年の夏以降に本格化した欧州経済危機によって中国は急速に経済的プレゼンスを高めた。温家宝総理、賣慶林全国政治協商会議主席、李克強副総理などが次々に欧州を訪れて、数兆円規模の商談をまとめると同時に、危機の発端となったギリシアの国債や、それに続いて財務状況が危ぶまれたスペインやポルトガルの国債、引いてはイタリア国債まで購入すると表明したのは記憶に新しい。この欧州行脚が繰り返された時、日本のメディアではほとんど報じられなかったが、実は中国はギリシア、スペイン、ポルトガルなどの国債を購入するその裏で、2つのことを欧州諸国に対して要求していたとされる。1つが市場経済化国の認定であり、もう1つが対中武器輸出の解禁であった。1989年の天安門事件以降、西側諸国は中国に対して2つの制裁を課してきた。経済制裁と武器輸出の禁止であったが、このうち経済制裁はほとんど形骸化していて、欧米各国は中国と水面下での取引を続け、真面目に制裁したの日本だけど言うのが実態だった。


出世する軍人に教諭する経歴

1979年の中越戦争への従軍、そしてこの実戦経験を除けば、その下の世代ではほとんどが、"98抗洪"(1998年長江大洪水での救援活動)か、もしくは2008年の四川大地震における救援活動の経験を評価されている点だ。このことは中国が中越戦争以降には大きな戦争を経験しておらず、実戦経験の無い将軍たちへと世代交代が進んでいることをはっきりと示しているのだ。だからこそ、海外に積極的に援助に出ていく。海賊被害に対処するという目的で各国が海軍を派遣したソマリア沖・アデン湾での協力と連携は、中国やインドと言った外洋での展開経験の少ない国にとっては、さながら遠洋作戦における模擬訓練の役割を果たすと考えられていた。2011年3月に日本列島を襲った東日本大震災の際も、軍事組織の出番だと解放軍幹部の目には映ったはずなのだ。しかし、震災直後に大規模な救援隊の派遣を申し出た中国に対して、日本が最終的に受け入れたのはわずか15人だった。中国にとっては不本意であったに違いない。その一方で日米関係は震災を機に絆を深め、特に現場レベルでは「トモダチ作戦」によって連携を強めた米軍と自衛隊の働きが目立った。この連携を解放軍は非常に複雑な思いで見守っていたはずなのだ。


> 対アメリカ比較で考えると、中国って平和な国だよなぁ。アメリカが10年戦争しなかったことないよね?w

【軍事・軍隊・国防】
2014.05.14 アメリカの軍事力 2/2 ~情報戦
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2013.12.18 わが友マキアヴェッリ 4/6 ~傭兵ではない自国の軍隊の必要性
2013.06.20 わが闘争 下 国家社会主義運動 6/7~ヨーロッパ外交政策
2012.10.11 北京・ハルビンに行ってきました 7/13 ~初一人行動・軍事博物館
2012.08.08|マキアヴェッリと君主論3/4 ~権力の維持
2011.05.11: 日本改造計画3/5 ~対外・国際関係
2011.03.08: ミサイル防衛 大いなる幻想
2011.01.28: 小泉官邸秘録 ~有事法制の整備
2010.07.20: ドイツの傑作兵器・駄作兵器 ~開発体制
2010.06.11: インド対パキスタン ~両国の核兵器開発とこれから
2009.11.05: 核拡散 ~新時代の核兵器のあり方







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