許永中日本の闇を背負い続けた男 2/4~フィクサーたちとの交流

太田は幼名を新太郎という。1925年、清蔵の長男として生まれ、1947年東京大学経済学部を卒業。いったん東京電力の前身である日本発送電に入社する。それからハーバードビジネススクールへ留学した後、1953年に東邦生命入りし、30歳を前にして重役となっている。1977年太田家6代目として東邦生命の社長に就任した新太郎はその後、清蔵を襲名した。福岡出身の太田清蔵は、地元選出の自民党代議士、太田誠一とは従兄弟同士にあたる。太田誠一の叔父が元衆議院議長の桜内義雄である。そんな太田家の影響力は、地元福岡の金融界はむろん、県内の鉄道や流通業界にまで及んだ。福岡だけではない。太田の実姉は関西の鴻池家13代目当主、鴻池善右衛門に嫁ぎ、姻戚関係を結んでいる。300年の歴史を持つ鴻池家は旧三和銀行を設立した名家だ。さらに太田の叔母はヤマサ醤油の濱口家に嫁いでいる。清酒「菊正宗」の造り酒屋である嘉納家や百貨店「松坂屋」の伊藤家とも姻戚関係にある。太田清蔵の率いた東邦生命は、前身を第一徴兵保険といい、富国強兵の国策として軍備増強に邁進した明治政府が、福岡の太田家に依頼して設立した。文字通り、徴兵される兵隊のための生命保険会社だ。


1983年、許は東急建設と兵庫県内の不動産業者が進めていた県内の山林開発をめぐり、脅迫容疑で逮捕される。許が捜査当局から「古川組相談役」と認定されるきっかけになった事件である。東急建設は兵庫県における山林開発を計画、開発における設計の変更を言い出した東急側と地元の不動産業者との間でトラブルが発生する。不動産業者側は設計の変更に対し、これまでの設計量である7500万円の支払いを要求。それを東急建設側が拒んだという単純な紛争だ。そこで一役買ったのが許永中だった。許は支払いを拒んだ東急側に頼まれ、不動産業者を脅した。事の始まりは、相手の不動産業者が山口組慶の暴力団に依頼し、設計料を支払うよう東急側に脅しをかけたことによる。
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「たしか東急の五島昇さんは東邦生命の社員総代の一人でもあったと思います。その東急グループが、梅田、大阪駅前の再開発に乗り出していた。いまの駅前第4ビルあたりの場所です。しかし、どうもそのための地上げがうまくいかん。それで、五島さんが、太田さんに相談したいう話ですわ。そうして太田さんが五島さんに永中さんを紹介しはった。そんな経緯で、永中さんが東急の地上げを任されるようになったらしい。なんでも五島さんが個人口座から60億円捻出し、それを地上げ資金にした言う噂でした。」

KBS京都を乗っ取る

京都新聞の創業者は白石村重という。新島襄とともに同志社大学を設立し、明治天皇の美術の教師を務めたほどの名士だった。2代目の白石古京がKBS京都をはじめ、京都新聞グループを築き上げたとされる。その京都新聞グループは、病気を理由に引退した古京の息子、白石英司の代になって状況が一変する。古京引退後、グループの経営を引き継いだ英司は、不動産事業に手を出した。経営の多角化というお決まりの事業拡大による躓きである。英司は不動産会社「トラストサービス」や教育関連施設の「ケー・ビー・エスびわ湖教育センター」などの子会社を次々と設立した。だが新たな事業はことごとく失敗する。そんなさなかの1983年、英司本人ががんで急逝してしまう。唐突な当主の死は京都新聞グループを大揺れに揺らし、内紛が勃発するのである。内紛の火種は、亡き当主が残した簿外債務だった。中核の放送会社KBS京都を始め、実にグループ全体で98億円に登る帳簿外の債務が発覚する。債務の処理に当たったのが不動産会社トラストサービスの代表・内田和隆である。やがて内田はKBS京都の社長に就任する。ところがそこに創業者が反発した。未亡人の白石浩子との主導権争いが起きるのである。社主の白石浩子から社長介入要求が出されてしまう。このときの大阪政財界のフィクサー野村周史が、内田の相談役になるのである。許は唐突に内田を副社長に降格させてしまう。代わってKBSの社長に就任したのが、政商、福本邦夫である。福本は帝国劇場がある東京・丸の内国際ビルで、画廊フジ・インターナショナル・アートを経営してきた。福本は、東京の広域指定暴力団、住吉会と懇意にしてきた。

手形乱発事件とホテルニュージャパン

日本レースの手形乱発事件、日本レースは1926年創業、1949年株式公開、老舗繊維メーカーだ。しかし1983~84年、その株が、仕手集団三洋興産グループに買い占められてしまう。三洋興産は石油転がしで勇名を馳せ、資金力にものを言わせて次々と上場企業の株を買い占めていた。石油転がしとは、後に石油卸商の泉井純一が引き起こした経済事件で評判になった。業者間の先物商品転売のことである。このころの日本レースのオーナーは「ヤマノビューティメイト」の山野愛子の長男、彰英だった。乗っ取りを恐れた山野は、かねて山野家と親しかった東邦生命の太田清蔵に相談する。そこで太田から株の買占めに対する処理を任されたのが許永中だったのである。

こうした株の買い占めにおける通常の対抗策は、普段から株価を高値に維持しておき、買い占めにくくするやり方だ。だが、こと日本レースに関する許の対抗策は、まったく逆だった。いっそのこと株価を下げて、仕手筋のうまみがなくなり、株を手放すのではないか。許永中はそう考えたとされる。そこで許がとった手段、それが手形の乱発だった。許は日本レースの営業所支配人に就任、商法では手形の振り出しは支配人の権限で行える。実は山野と三洋興産との間では許永中が乗り出してくる以前に、ある話がまとまりかけていた。三洋興産が日本レースを狙う理由は単なる株の買占めではなかった。三洋興産グループでは、東洋端子という小型モーターのメーカーを傘下におさめていた。ここで日本レースを合併させ、新たに小型電子コネクターの製造に乗り出そうとしていたのです。そこへ突然、東邦生命の太田さんが乗り出してきて株を返せという。それで話が違う、となったのです。この手形乱発事件については、未だにその真相が明らかになっていないが、戦後最大のホテル火災といわれたホテルニュージャパン跡地の再開発に、この手形を利用しようと考えていたというのである。一見、脈絡なく乱発されたように見える日本レースの手形は、その不動産買収資金の手付金500億円にするつもりだったというのである。この壮大なプロジェクトは、先の岡本のアーデル・ミートパッカーの資金繰りが悪化したため、泡と消えたという。

【フィクサー・陰の存在】
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