グーグル秘録 完全なる破壊 6/7~多角化

携帯電話にも進出

携帯電話はもはや単なる電話やPDAではなくなっていた。インターネットへの接続手段が持ち運びできるようになることは、グーグルにとっても有利だった。ネットに接続する人が増えるほど、グーグルの収益にプラスになるのだ。だが自社のプログラムの多くが、携帯電話ではまともに作動しないことに、グーグルは不満を感じていた。消費者ではなく、電話会社が携帯電話で使えるアプリケーションを決めていることも不満だった。「パソコン用には機能的にユーザーに役立つソフトウェアを問題なく作れるのに、携帯電話ではそれが難しい」とペイジはこぼした。マイクロソフトやアップルで働いてきたアンディ・ルービンは、独立してアンドロイドを創業し2005年にグーグルに売却した。アンドロイドをオープンソースOSに変え始めた。


クラウドコンピューティングもグーグルの新たな戦略事業の一つだ。IBM、アマゾン、オラクルといった巨大なデータセンターやサーバー群を持つ大企業と同じように、グーグルもサーバーの"クラウド"を使ったサービスに積極的に取り組んでいた。クラウド・コンピューティングによって、ユーザーはグーグルのサーバーに蓄積されたデータにどこからでもアクセスできるようになる。企業はデータセンターを自前で持つ必要がなくなり、コストを削減できる。マイクロソフトが販売する高価なパッケージソフトの売上は落ち込む一方、搭載するアプリケーションを減らし、クラウドに蓄積されたものを使う安価なパソコン、ネットブックの普及には追い風になるはずだ。アプリケーション・ソフトはいずれマイクロソフトOSの支配を逃れ、ブラウザ上で機能するようになる、と話す。「将来的にはブラウザがOSになる。だが既存のブラウザはアプリケーションの進化に追いついていない。だからこそグーグルは行動を起こしたんだ」


「グーグルがユーチューブを発明したんじゃない。グーグル・ビデオを立ち上げようとして、失敗したから買収したんだ。フェースブックも発明できなかった。オーカット(2004年にグーグルが公開したSNS)で同じことに挑戦しようとして、失敗したんだ」

検索以外ではグーグルは大方のことに失敗している、とハイファーマンは語る。グーグル幹部に、将来にかかわる最大の懸念材料を尋ねると、最もよく挙がるのが規模の問題だ。オミッド・コーデスタニが最も恐れるのは、規模が大きくなりすぎて、焦点を見失うことだ。かつての勤務先であるネットスケープは、創業者ジム・クラークが掲げた「消費者がインターネットを通じてコミュニケーションできるようにする会社」というビジョンを失ってしまった。「ブラウザを世に送り出した会社なのに、あっという間に大企業化してしまったんだ」。1995年に拙速にIPOしたために、売上を拡大し、メディア受けする派手な振る舞いをし、4半期業績に神経を集中しなければならないプレッシャーに襲われた。

欲求不満から会社を去るケースも多かった。最たる例がシェリル・サンドバーグだ。周囲から見れば"混乱の耐えない"グーグルの経営に、サンドバーグはいらだちを募らせていた。そして経営者としてより大きな権限を持ちたいと、2008年3月に退社してフェースブックのCOOに就任した。フェースブック創業者のマーク・ズッカーバーグに彼女を引き合わせたのは、フェースブックの株主で、サンドバーグの親友であるベンチャー・キャピタリストのロジャー・マクナミーだ。
 「アドワーズはシェリルが作ったんだ。多くの特許技術も使われているが、製品を形にしたのは彼女なんだ」とマクナミーは語る。「国際ネット営業兼運営担当副社長」という肩書きはサンドバーグの重要性をまったく映していない上、"使い古した幹部"の配下に置かれていた、とマクナミーは言う。グーグルはサンドバーグを引きとめようとCFOのポストを提示したが、サンドバーグは辞退した。「シェリルはCOOを希望したんだ」とシュミットは語る。「彼女は経営幹部として最高の人材だがグーグルにCOOは要らない」 サンドバーグがグーグルを退社する時点では、彼女の率いる部門は社員4000人を抱え、アドワーズとアドセンスをあわせて会社の売上高の98%を稼ぎ出していた。

音楽業界の衰退

メディア産業の中でおそらく音楽業界ほどネットの波に翻弄されたものはないだろう。またこれほど問題への対応が遅れた業界も他にない。ソニーをはじめとする音楽会社は、顧客が気に入ったシングル曲を買えるようにする代わりに、アルバムを購入させることに執着したため、かえってネット上の海賊版に勢いを与えてしまった。テクノロジーが消費者に自分で好きな曲を選び、組み合わせる力を与えたことも理解できなかった。だからこそナップスターなどのダウンロードサイトと和解することも、アイチューンズのようなデジタル版ジュークボックスを生み出すことも、お抱えアーティストの実入りの良いコンサート事業を生かすことも、MTVのようなテレビ・プラットフォームを作ることもできなかった。80~90年代にはアルバムのベストセラーは少なくとも1500万枚を売り上げていた。だが2007年には一番売れ行きの良いアルバムでも、370万枚しか売れなかった。消費者が音楽を聴く量は増えていたが、支払う金額ははるかに少なくなっていた。2003年には世界の音楽販売の1%以下だったネット販売は2007年には15%に膨らんだ。だがネット販売の増加は、単価の高いCD販売が10%落ち込んだ分を、埋め合わせるには力不足だった。音楽会社の柱であるアルバム販売は、ピークだった2000年の約8億枚から、2007年には5億枚強まで低下。「音楽会社の売上高は、2000年の142億ドルから2012年には90億ドルまで落ち込む」とするフォレスター・リサーチの予測を裏付けた。

通信社は収益を上げていた

報道業界が全てじり貧に陥っていたわけではない。AP、ロイター、ブルームバーグの通信三社は、業界のトレンドに逆行していた。それには複数の理由がある。新聞には厳しい経済環境が、皮肉なことに通信社には追い風になった。新聞社は縮小に伴い、ニュースの供給をそれまで以上に通信社にアウトソースするようになった。

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APのCEOトム・カーリーによると、「収入の約20%はネット企業から得ている」という。2008年の売上高が7億5000万ドルであることから、グーグル・ニュースやヤフーからの使用料、新聞社や放送局など取引先からの広告収入を含むネット収入は、1億5千万ドルに達することになる。放送収入はさらに大きかった。今やAPの世界全体の売上高の半分以上は、新聞社からの記事使用料ではなく、放送事業やオンライン事業が占めている。一方、ブルームバーグとロイターは、データ提供という大金脈を持っていた。トムソンと合併するはるか以前のロイターと同じように、ブルームバーグは金融データの収集と提供からスタートした。本質的にブルームバーグは報道事業ではなく、情報サービス事業を営んでいたのだ。

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