ODAと環境・人権 3/4~工業化以降

工業化 ゆきすぎた政府保護と国内市場育成の不足

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発展途上国の近代化には工業化が不可欠である。工業化はインドのように独自の社会主義型社会の建設を目指し、重化学工業部門を公営化して資本財の国内生産を増加し、他の分野に対する投資を拡大する貿易非依存型の循環が測られる場合も、ブラジルやメキシコのように消費財の輸入代替からしだいに重化学部門、資本財などの生産部門の工業化に着手し、輸出振興に映るように発展的になされる場合もある。しかし工業化が帰って累積債務を生み、国内の経済発展を阻害していることも多く、その要因には輸出用農産物の場合と共通のものがある。

輸入代替工業にしろ輸出振興工業にしろ、国を興すための工業化には金融・財政・税制上の優遇・保護措置がとられるのが普通である。そのような政府主導の公営企業は、ややもすれば非効率に陥り、時期を見計らって徐々に民営化し、外国製品と競争させるなどの措置を取らなければ製品の品質向上はおぼつかず、経営と製品の両面で国際競争力を欠くことになる。1982年に外資の導入で大幅に改善されつつあるものの、かつては注文してから手に入れるまで年月を要し、旧態依然たるモデルを生産していたインドの自動車産業などはその典型である。


発展のための工業化に沿ってすそ野産業を興し、これを多様化して国内市場を豊かにすることはなおざりにされる。国際市場に向けた外向きの開発は、関連の幼稚産業を育て多様化すること、伝統産業の加工度を向上して付加価値をつけることよりも、外国の技術や資本を導入し、次のステップを踏み出すことに懸命であり、国内市場は無視され、むしろ産業部門間の不均衡、地域間格差を生むことになる。自立した国内市場の形成には、自国の資源と豊富な労働力、伝統的な技術を活かした地場産業を興すことが必要であり、そうして生まれた中産階級が増加しなければ、輸入代替工業も、消費者が少ないという国内市場の壁に突き当たる。西欧先進国に追いつき追い越そうとする経済開発は資本財や中間財、エネルギー、原料などを外国からの輸入に依存し、大型の公共投資を必要とするため、対外債務や財政赤字を増やしインフレ体質を生む。他方、西欧諸国で発達した資本集約型の技術は雇用創出力が小さく、現地の安い労働力を利用した製品は再び輸出に回されるため、経済効果が薄く、国内市場の育成には貢献しない。このように対外債務が膨らむと、債務の返済は外貨によってのみ可能であるため、ますます対外市場向け経済政策が取られるようになる。それは労働集約型消費財を中心に生産し、輸出によって国内資本の形成を促進したアジアNIESとは反対の悪循環である。

食糧が増産され、国に外貨が増えれば貧民に行き渡るなどというのは、社会構造に透明性があり、民主主義が行き渡っている場合の話であって、権力構造が複雑で、前近代的な関係が支配している社会にあっては望むべくもないことである。発展途上国が抱える問題は、経済的な低開発もさることにさることながら、それ以上に重大で、その改革が困難のは社会構造そのものであり、それゆえにこそ開発途上国の地位を抜けだせないでいると言っても過言ではないくらいである。それなのにその点を不問にしたまま、公平平等な社会を前提とするのはこれらの理論の最大の欠陥と言わなければならない。

透明性の高い平等な社会を実現する最も有効な方法は、大土地所有制度を改め土地分配を公平にすることである。韓国や台湾が経済発展を遂げられた背景には、土地改革がある。韓国では朝鮮戦争勃発で十分な改革はできなかったものの、独立後の1949年、3町歩の農地保有を上限とし、「耕者有田の原則」を具体化する農地改革法を制定し、農地解放を実行した。台湾でも孫文が三民主義の一つ、民生主義で述べた平均地権、つまり土地の価値の増加による利益を共有し、土地利用の機会を平等にするという思想を実現している。台湾では1954年の「実施平等地権条例」により、全耕地の90%を自作農地とし、全農家の86%を自作農家とした。近年におけるタイの工業化も好調な農業と国内購買力の拡大によって支えらている。さらに、近代西欧諸国の工業化も多くの場合、堅固な農業基盤に支えられて発展し、また戦後の日本の発展も農地解放によるところが大きい。土地所有が拡大すればするほど生産性が下がることはよく知られており、土地の公平な分配は、それだけで国全体としても生産量を上げると思われ、豊かな農業者=消費者を増やして国内市場を広げ、工業化を支える働きも期待できるのである。

発展の権利についてはさまざまな批判がある。批判のうち最も強固なものは、従来の西欧流の人権概念に依拠するものである。西欧流の人権概念は自由権と社会権を性質の違う別個のものと捉え、自由権も表現の自由とか信教の自由、令状なしに逮捕されない権利など個々の権利に分割してとらえるのが特徴である。それは比喩的に言えば縦割り人権概念である。これに対して「発展の権利」は、横割り人権概念とも称すべきものである。つまり人間が生存するのに最低限必要な状況をBasic Human Needs=基本的社会権ととらえ、その中には衣食中に対する権利や最低限の教育を受ける権利などが含まれる。自由権と社会権は相互依存的で不可分であり、自由権と社会権を含むホール人権状況は継続的・漸進的に改善すべきものである。人権の主体には個人のほか、人民も含まれる。このような考え方は西欧流の考え方と相いれない。批判は「発展の権利」を非論理的であるとして、大きな疑問を呈するものである。

法律にしろ条約にしろ、本来、目的のための法的手段にすぎず、それ自身が目的ではない。市民革命において市民的・政治的権利が認められ、ワイマール憲法およびその後の独占資本主義と社会主義革命の時代において経済的・社会的権利が認められたのも、当時の社会体制を前提として、それに対する闘争の結果得られてもの、つまり政治的主張が法的認知を得たものにすぎない。しかし、市民革命から資本主義を経て福祉国家に至る過程は、いずれも西欧諸国が時代をかけて通り抜けてきた経過であって、そのために新たな政治的主張も従来の法律構造に適合するよう精緻な理論構成が考えられ、それ自体が独自の体系であって、他の体系の存在を許さないかのように見えるだけなのである。時代や状況が変化すれば、それを律するルールや主張が変化するのは当然である。「発展の権利」も第2次世界大戦後多数の新興独立国が誕生する中で、人権を考える前提となる世界が次第に広がり、新たな現状を踏まえて徐々に固まってきた概念である。

インドネシアは、1944年にオランダから独立した。その際、旧ポルトガル領であった東チモールはそのまま残った。東チモールは1976年、インドネシアに併合されたが、併合後も分離独立運動の主体であるフレテリン(東チモール独立革命戦線)左派とインドネシア国軍との対立は激しく、独立運動者の虐殺(サンタクルスの虐殺=1991年11月12日)などの事件が頻発している。この事件の後、カナダ、オランダがインドネシアに対する新規援助を停止し、デンマークも一時停止した。オランダはさらにやはり分離独立運動で揺れるスマトラ島アチェ州の人権問題を調査する意向を表明した。インドネシアはこれに反発してオランダの援助を断るという措置に出たところ、一般大衆の喝采を浴びた。オランダの援助はインドネシア援助国会議(IGGI)国全体の2%と少なく、これを断っても経済的には困らない。これに対し、カナダなどほかの国の場合は、植民地支配という負の歴史を有さず、東チモール問題を批判しても責任転嫁の趣がないばかりか、国際的にも国内問題として扱われ、インドネシアの処理に任されているアチェ州の独立問題などについては、口を挟んでおらず、インドネシア側からの援助停止に対する抗議も聞かれない。カナダなどの措置が内政干渉の反発を食わなかったのは、国際的な関心事項とせざるを得ない重大な人権問題のみを取り上げているためであろう。最近ではインドネシアもこれに配慮して、前記サンタクルスの虐殺事件につき、インドネシア国軍司令官を更迭し、虐殺者処罰を従来より厳しくするなどの措置を取っている。

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