リクルート事件・江副浩正の真実 5/5~国税との攻防

私の父親は株の売買をやっていて、高校教師だったのに毎晩飲んで帰ってきていた。当時は高度経済成長期でほとんどの株式が値上がりしていた。そして父親は株式を私に生前贈与してくれていて、私は社会人になってからその株の売却益を元に株の売買を始めた。のちのことだが、リクルート本体でも日興証券から山路正徳を迎え、グループの企業年金の自主運用と余資を運用し、値上がりしそうな株を買い、値下がりしそうな株を信用売りしていた。このような取引を裁定取引(アービトラージュ)という。理屈の上では利益が上がるように見えるが、ニューヨーク株式市場のダウ平均株価(わずか30銘柄の工業株によって構成されている)が上昇すれば、値上がりしそうな株も値下がりしそうな株もそれに連動して値上がりする。ダウ平均が下がれば連動して値下がりするため、必ずしも利益が得られるわけではない。ただ、いくつかの銘柄を長期間売りと買いを建てていれば、長期的には利ざやが取れるケースが多い。私は、私個人の株売買の利ざやで、私のスキー、ゴルフ、そして家族連れの海外旅行の費用、さらにグループ企業の損失の穴埋めもしていた。立花証券の石井久さんから「兜町では"売り"が悪いこととされるんですよ。私も業界紙に"売り"と書いて同業者から批判されたことがあります」と言われた事があったが確かに証券市場にはそのような風潮があるようだ。私自身もかつて足踏みミシンのシンガーミシンが日本から撤退したので、同じ足踏みミシンメーカーであるリッカーの株を売り、電動ミシンのJUKIの株を買ったのだが、リッカー株の売却だけが朝日に報道されたということがあった。

まず空売りと言わず、信用売りと言っているのは、アマなのに感心な正しい言葉遣いだ。ただ、この戦略は単なるロング・ショートでアービトラージュとは言わない。ついた先生が悪かったのかな。それから社長として社員教育のためによくない発言、

「理屈の上では利益が上がるように見える」と「長期的には利ざやが取れるケースが多い」

は卓越した売買のセンスと実績を持つ江副さんのみが許される結果論です。


平成元年12月22日、東京国税局から呼び出しを受け、私は日野弁護士と関根正税理士と共に芝税務署に出向いた。そして直税部担当官から昭和61年9月のコスモス株70万株の売却に対して追徴課税する旨を告げられた。当時の株取引のおける非課税限度枠は年間50回、20万株。コスモス株譲渡の際私がいったん買い戻して売ったとすればこの限度枠を超えるため、課税対象になるとの話だった。提示された追徴金額は、約31億円の売却利益に対し、過少申告加算税を含めて21億円。思いもかけない課税に私は呆然とした。

国税局がこのような措置をとったのは、コスモスの財務担当取締役・舘岡精一がその年の7月28日に再提出した有価証券届出書の内容を受けてのことだったと思われる。この届出書には「コスモス株70万株は江副の売出しであった」とする記載がある。事実とは異なる内容であるが、これについて舘岡は第314回公判に出廷し「平成元年5月に大蔵省証券局から呼び出しを受け、『検察庁が売り出しであると認定したのだから届けという形式を整えるため、今からでも江副が売り出したという報告書を出してもらいたい。さもないと今後コスモス株の店頭登録取り消しもありうる。将来予定している二部上場も認められない』と言われ、やむなく提出したものだった」と証言している。特捜は大蔵省や国税庁にも強い影響力を持つ。大蔵省は特捜からの要請を受け、コスモスの行為を証取法4条違反と見なさざるを得なかったのだろう。私の課税も特捜からの要請だったと思われる。

ともあれ、私にとっては大変な事態である。追徴課税額は21億円。これだけの現金を払うことになればやがて経済的に行き詰まり長期化する裁判の費用も支払えなくなってしまうかもしれない。弁護士と相談の末、私は自宅ほか所有する全ての不動産を全て国税局に担保として差出し「延滞税法廷免除」を受けることで当座をしのぐことにした。これによって延滞税率は14.6%から7.3%に半減したものの、それでも年間1億5000万円以上の延滞金を支払わねばならなかった。平成4年10月には国税不服審判所に再審査の請求をしたが音沙汰無しで埒が明かない。そこで平成7年1月に東京地方裁判所に不当な課税処分の取り消しを求める訴えを行い法廷で争うことにした。だが、裁判が始まっても国税局の代理人はいっこうに答弁書を提出しようとしない。裁判所が提出期日を指定するものの、それにも応じようとしない。そのようなことが2度、3度と続き、そのうちに裁判官も交代となった。遅遅として進まない審理に追徴課税対策弁護団は「相手が民間であれば100%勝利だが、裁判所が国を敗訴させることについて躊躇しているのではないか」と話していた。

私は国税庁が検察庁の意向に従うのはおかしい、と思った。また国を相手にしたほかの裁判例を見ると圧倒的に国が強いがこれは民主主義国家の在り方としておかしいとも思った。提訴から7年以上が過ぎた平成14年11月課税裁判の第一審判決が出たが結果は私の敗訴。平成15年11月の控訴審でも判決は覆らず敗訴。弁護士の言葉を受けて上告したが最高裁判所は不受理を決定した。不受理なのに最高裁に上告費用1070万円を支払わなければならなかった。不条理な規則である。結局追徴課税された国税21億5100万円、過少申告加算税2億40万円、地方税2億5620万円の合計26億760万円を納付した。この問題は私が株を買い戻して売ったのか、斡旋したのかという単純な話である。客観的な証拠となる公的文書や書類、それを裏付ける証言もあり、事実認定にさほどの時間は必要としないはずである。にもかかわらず、最初の再審査請求から最終的な判決が下されるまで、13年半もの年月がかかった。もしこの間に私がリクルート株をダイエーに売却していなければ、私はこの判決で破産したであろう。「お上にはいくら逆らっても勝てない」と、気持ちを鎮めざるを得ない、悔しい結末であった。

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