エンロン内部告発者 2/6~集まるスタッフたち

マークレベッカは、1982年にファースト・シティを退社、その破綻を予期していた。同行が潰れたときには、彼女はすでにコンチネンタル・リソーシズの経理副部長になっており、この会社がヒューストン天然ガスに買収された。彼女はここでウィングと出会った。二人の間に何があったのかはともかく-二人は関係を否定していたが信じる者は少なかった。マークはすべてから教訓を学び取り、自己防衛の術も身につけ、時間を見つけて社費でハーバードのMBAを取った。ウィングが勢いを失うと、それに代わってレイや他の幹部とのパイプを強化した。彼女は人の話を熱心に聞き、社交に努め、矯正した歯、話し方教室、ブロンドのタテガミの威力を行使した。「驚いたわ」と彼女はのちに語っている。「ちょっと同情を示しただけで、男たちがどんなに簡単に自分をさらけ出して大きな秘密を話してくれるかは

マーク・レベッカ
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ジェフ・スキリングはガスバンクというシンプルなアイデアをエンロンに持ち込んだ。天然ガスの採掘や売買は、規制緩和がもたらした価格の不安定さのお陰で信用を失っており、これがまた業界を脅かす理由の一つだった。スキリングはこれを逆転する方法を考え出した。ちょうど銀行が預金者を束ねるように、エンロンがガスのサプライヤーである採掘会社を束ねる。そしてエンロンは、預金者に融資する銀行のように、ガスの買い手に売るのである。エンロンは売買の両方からサヤを取る。これは良いアイデアだったがリスクを伴っていた。しっかりした商売をするにはエンロンは単なるブローカーでいるわけにはいかなかった。ガスを供給するにはまず所有しなければならなかったし、買い手には一定の安定価格を保証しなければならなかった。つまりエンロンの市場に関する知識と支配力は絶対的なものでなければならないのである。エンロンはすでにガスの供給源となる石油やガスの事業部門を持っていた。そして競争相手もいなかった。ガスは石油のように魅力的な事業ではなかったからである。

1989年には、ルイジアナのアルミ精錬業者が、エンロンのガス運搬料金が高すぎると交渉を蹴った。しかしこの商談は、結局は実った。顧客はエンロンに固定価格を支払い、エンロンは顧客の近くのガス採掘会社から変動価格でガスを買い付けて、供給することにしたのである。これによってルイジアナの会社は望みどおりの料金でガスを手に入れることができ、エンロンは相反するニーズを持つ顧客を組み合わせることで商談をまとめた。これはのちに、最初の天然ガスのスワップ契約として知られるようになった。そしてエンロンはガスのトレーディング・ビジネスへの進出を急ぎ、大手の一社になった。1990年、ガスのトレーディング人気に目をつけて、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(ナイメックス)はガスの先物市場を開いた。つまり将来のある時点にある価格でガスを売買する権利を取引できるようになったのである。エンロンは市場を牛耳っていたので、価格の決定権も握っていた。ナイメックスの先物は当初18ヶ月物が最長だったが、エンロンはもっと長期の先物を売ることができた。そして先物取引に参加するためにガスの現物を売買する必要はなかった。業界内外の金融トレーダーが目をつけて、ちょっとした先物の値動きに乗じてサヤ取りをするようになったからである。


1991年EGS(エンロン・ガス・サービセズ)に雇われた経理副部長リック・コージーはSECを説得してトレーディングの利益を「時価評価」と呼ばれる会計手法で計上することを認めさせた。これは金融業界ではよく用いられる会計手法だった。金融業界では、今日の貸付を数年後に回収するなど資金の出入りが激しいため、旧来の発生主義会計が意味を持たない。したがってトレーディング会社では、先物取引の価値を市場の現価で計上する。それまでエネルギー会社がこの会計手法を申請したことはなかった。しかしエンロンは自社の製品はトレーディング製品同様に値動きが激しく、信用リスクを常に把握しなければならないと主張した。SECは承認した。こうしてエンロンは、例えばガスを2MMBTUで10年間買い付ける契約を結び、発電所にそれを3MMBTUで同期間売却する契約を結ぶと、その取引から得られる利益を即時に全額計上できるようになった。

EGSはスキリングが望んだほど急成長していなかった。創立時の合併の後遺症として巨額の負債があり、巨額の負債は良い格付けを得る妨げになり、するとそれは借り入れ能力、会社の成長、そして株価向上の重石になった。特にトレーディングは低い格付けに強く足を引っ張られた。シングルAからトリプルAなどの高い格付けを持つ会社は、エンロンのようなトリプルB以下の会社とは取引しなかった。したがって、負債を増やさずに成長する方法を見つける必要があった。そこで目をつけたのはSPEこと特別目的組織と呼ばれる金融ビークルだった。これは負債を増やさずに成長資金を得る方法として当時人気を集めていた。仕組みはまず企業がいくつかの資産をひとまとめにし、それを担保に借入れをして、その取引を資産売却のように扱うと言うのである。当面の間、SPEの借入れは元の企業の貸借対照表には反映されない。エンロンはVPP(最優先使用量契約)という料金前払い契約を行った。これは石油やガスの採掘業者の長期権利を受け取る取引だった。VPPは金融ツールにもヘッジにも使えた。採掘地の買い取りや開発、または操業費用の現金調達に利用できたのである。本来、埋蔵されている資源は油田の所有者のもので、不況時でもこれは変わらなかった。しかしVPPなら資源はエンロンのものなので倒産時にも権利を確保できる。ひとたびこの契約を結べば、採掘業者が倒産しようがどうしようが、埋蔵資源の所有権はエンロンにあるのだ。これによってエンロンは、VPPの資産を自らの低利息SPEに担保として繰り入れることができた。こうしたSPEを車内で始めて開発したのはアンディ・ファストゥで彼はスキリングが最初にEGSに雇い入れた5人のうちの1人だった。


年の瀬も押し迫ったある日、トレーディング・デスクの利息台帳を管理していた若い社員が、シェロン・ワトキンスのもとに息せき切ってやって来た。顔面蒼白だった。彼の仕事は日ごとに利息リスクをヘッジしてECTのトレーディング持ち高のバランスを取ることだった。通常、純キャッシュフローはごくわずかしか変動しなかった。しかしこの日は様子が違った。「帳簿が7000万ドル合わない」 広い社内人脈を持つシェロンは、会計部門に電話で問い合わせた。会社はただそれまでのガス価格のカーブを「微調整して修正」しただけだった。つまり、ある年度に儲けすぎてしまったので、収益を次年度に映したのである。消えた金は1996年の早い段階で帳簿上に復活する、という説明だった。エンロンは収益操作をしていた。違法ではなかったがビジネス倫理上は疑問の多い行為だった。

しかしトレーダーが自分達はミスをしないと信じ込むなか、1996年夏に大きな失敗が起きた。ガス価格を大きく読み違え9000万ドルの大穴をあけてしまったのである。四半期の目標額は1億ドルだったため、今やECTは収益目標に1億9000万ドル足りない事態に陥った。

シェロン・ワトキンス
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1996年夏、1億9000万ドルの大穴を埋めるためにジェダイの投資から収益を絞り出すのが対策の本命だった。取引会計担当者らはこうした投資の価値を再評価するというアイデアを考えついた。これこそ会社救済の妙手と思われた。ちょうど時価評価によってガスや石油の長期契約を全額即時計上するように買収した企業の将来の価値を算出して、それを現在の決算に反映させようと言うものだった。これは所有企業の性格を再定義する問題でもあった。なぜならGAAPこと「一般に認められる会計原則」ではこれら買収済み企業が、自社の中核事業の一部として所有されているのではなく、将来の売却目当ての資産であると証明できれば、これらの株資産の「フェア・バリュー」を即時計上できるからだ。ジェダイのポートフォリオ・マネジャーであるシェロン・ワトキンスは、まるで馬鹿げたアイデアに聞こえた。わずか数ヶ月前に9500万ドルで買収したマリナーという会社に1億4000万ドルの価値があるですって? 9月上旬に3000万ドル強で買ったシーガスという会社が4500万ドル?それでは27日間で50%の上昇じゃないの?

RACことリスク評価管理グループはスキリングご自慢のリスク管理計画の一環だった。このグループはECTの取引すべてについてレイロックと呼ばれる計算式でリスクをはじき出す仕事をしていた。トレーディング部門同様、RACの社員も若者が大半で酷い重圧の下で働いていた。しかしフェアバリューを開発したことでRACの発言力は増した。これによって実際に取引に組み込まれている資産の「正価(フェア・バリュー)」が計算されるからだ。これまではリスク評価によって会社の収入を減らす立場だったのに、今や彼らは資産価値を(明らかに高く)設定することによってECTの数字を膨らませる貢献者になった。やがて社内の流行語は「時価評価」から「フェア・バリュー」に代わっていった。これを使えば計算一つでいかなる結果もお望み次第なのだから。眼を血走らせた20歳そこそこの出世亡者たちがはじき出すこうした評価額はECTの決算作りに不可欠になった。1996年これはトレーディングの穴埋めにもってこいに見えたし、RACはそれに飛びついた。あとはただ、この計上法をアーサー・アンダーセンに承認させるだけだった。シェロン・ワトキンスは承認が得られるとは思わなかった。

【金融工学理論の実践】
2014.12.12 実務家ケインズ 2/3~投機家としての実績
2013.10.31 米国オプション市場で遊んでみた 2/2 ~市場特性
2013.06.10 初めてのオプション取引 1/2 ~口座開設・取引まで
2012.10.24 アメリカン・オプションをモンテカルロするのが難しい理由 2/5 ~Treeとモンテカルロの基本構造
2012.05.21|Calender Spreadのススメ3 ~期待通りの期待値曲面
2011.03.10: 史上最大のボロ儲け ~ポールソンという男 1/6
2011.01.31: 最強ヘッジファンド LTCMの興亡 ~崩壊への序章
2010.10.25: 三田氏を斬る ~金融工学の理解と解釈
2010.09.15: 株メール Q7.株価のマルコフ性
2010.07.01: 数学を使わないデリバティブ講座 ~リスク中立
2010.01.25: 50% Knock-In PutのPremiumって実現できるの?@最終章 LVの要請
2009.11.10: 為替オプションの基本勝ちパターン? プッ
2008.10.13: 株と通貨の相関
2008.01.21: 悲しい時は、中立測度変換




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