ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録 2/5~磯田一郎の時代

イトマン事件については既に当ブログで取り上げているのでこちら↓

2011.01.11 イトマン・住銀事件 ~脇役 経済事件史顔ぶれいつも同じ
2011.01.07 イトマン・住銀事件 ~イトマンをめぐる様々な疑惑
2011.01.06 イトマン・住銀事件 ~主役のお二人

磯田一郎
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イトマンがのめり込んでいたのは不動産だけではない。数々の美術品を買い込んでいた。モディリアーニの絵画を16億円で購入しているほか、加山又造や平山郁夫、佐伯祐三など巨匠の絵を気前よく億単位で何点も買っていた。関西の闇の紳士、許永中氏の関連会社3社から絵画・骨董品を総額676億円も買い取ったことが後に判明している。私はこのとき常務企画部長の任に就いていたが、だんだんわかってきた事態の中でも特に困ったことだと思ったのは、こうした絵画取引に磯田さんの長女である磯田園子さんが勤務していたセゾングループの宝飾販売会社でピサという会社が間に入っていたことだ。今まで私を含めて誰も住友銀行関係者は語ってこなかったことがある。この機会にあえて申し上げよう。イトマン事件は磯田さんが長女の園子さんをことのほか可愛がったために泥沼化したのだと私は思う。磯田さんの溺愛ぶりを示すこんなことを耳にしたことがあった。後に結婚することになるアパレル会社社長の黒川洋氏と磯田園子さんがロサンゼルスに駆け落ちした。それを認めるわけにいかず困っていた磯田さんは、秘書を派遣して2人を連れ戻させたのだ。磯田さんの秘書は園子さんに振り回されて本当に苦労したようだ。そういう磯田さんに父親として娘の事業を後押ししたい気持ちが無かったわけがない。磯田さんが溺愛していることを知って、イトマンの川村社長も伊藤常務も彼女の面倒をよく見ていたようだ。人間としてあるいはバンカーとしての磯田さんは素晴らしいと思う。しかし長女の存在が磯田さんの判断を決定的に狂わせた。平和相銀を手に入れるときに大活躍した河村社長に引導を渡し自分の手でクビを切ることができなかった。河村社長が伊藤寿永光氏を追放するどころか常務にすることを阻止しなかった。住友銀行の誰もが河村社長を辞任させないとイトマン問題は解決しないと思っていたし、伊藤氏や許氏が闇世界とつながりがあることはこの時点では分かっていたはずにもかかわらず。だから私はこの問題の始末をつけるには磯田会長の退任が不可欠だと考えた。

> あちゃー、結局、頭取のご家族問題で3000億円溶かしちゃったか


住友銀行の山下彰則元青葉台支店長が、住友銀行の融資で株式の仕手戦を繰り返し、蛇の目ミシン工業恐喝事件によって証取法違反で起訴されていたしてグループ「光進」の小谷光浩氏に対する出資法違反容疑で10月5日に逮捕されてしまうのだ。山下下支店長のやり口は「浮き貸し」と呼ばれるものの一種で支店長の地位を利用して支店の大口顧客に小谷氏に対する融資を勧誘するものだ。逮捕容疑の対象になったのは1988年の春から秋にかけて行われた融資だった。「融資斡旋」「紹介融資」とも言うが、なんと呼ぼうと支店にある預金を仮払金などの勘定にして無断で貸す行為であるから、銀行では完全に御法度である。住友銀行でこんな事例は私の知る限り他にはない。ともあれ、この逮捕劇を受けて磯田会長は翌々日の日曜日、急遽、新聞各社を集めて退任会見を開く。表向きの理由は青葉台事件の責任をとるということだったのだが、もしこの事件が本当に原因なら辞めなければならないのは磯田さんではなく頭取の巽さんだ。それは磯田さん自身もよくわかっていたわけで、理由はどう考えてもやはりイトマン事件の批判をかわすことだと私は思った。実際会見して新聞各紙で記事になってにもかかわらず磯田さんは一向に辞める気配を見せなかった。私はこのとき常務企画部長だったから主要な部長会はすべて取り仕切っていたが、私が前面に出ると企みがばれる可能性がある。そこで当時の企画部次長に二十数人いた本店の部長全員に電話をさせ、用件を何も言わずに緊急部長会を招集することを通知した。秘密保持のために電話してもらったのは前日の夜だった。「現在のイトマン問題と磯田さんのことをあなた方はどうお考えですか。お一人お一人意見を聞かせてください」 朝の10時から午後の2時頃までかかっただろうか。実に多様な意見があった。しかし共通して出たのは磯田会長は口先だけでなく早期に辞めるべきだ、それを巽頭取あら磯田会長に言ってもらわなければならないということだった。無論私が最初からそういう提案をしてもみなは納得してくれただろう。しかしそれでは不満があっても表に出ずに決まってしまう可能性がある。そういう心配があったので、全員の意見を集約する形で磯田会長退任要望書をまとめた。

> マジで迷惑な会長。


不良債権と寝た男

安宅産業とイトマンの破綻処理は銀行にとって大きな問題だったが、その後も建設、不動産関連融資を中心に数多くの不良債権が発生し、銀行は毎期毎期、その分の損失を計上した。しかし、いくら損失計上しても、その処理は遅々として進まなかった。というも当時はまだ大蔵省の不良債権償却証明制度が残っており、現在のように自己査定による引き当て処理ができなかったのだ。当時の大蔵省は不良債権処理問題よりも税金の徴収のほうを優先していたので、銀行が勝手に不良債権か否かを判断するなどとんでもないという考え方であった。ある債権に損失発生リスクがあるかどうかを決めるのは大蔵省の専権事項で、同省の許可をもらってはじめて銀行は会計上、無税償却が可能となる。たしかに大蔵省に判断してもらうほうが公平性を担保する意味では理想的だと思う。これは体力に劣る銀行を潰さない大蔵省の「護送船団」行政の一面でもあった。しかしそのため債権一件一件について精査しなければならず、どうしても時間がかかってしまう。そこでほとんどの銀行では無税償却と並行して有税償却も行っていた。有税償却とは簡単に言えば赤字処理だ。これをすれば処理のスピードは上がるが当然ながら当期利益は減る。この赤字分を埋めるために、簿価の低い保有株式を売却し、売却益を計上してマイナス分を軽減する、いわゆる益出しをする必要が出てくるのだが、売却対象になる株式は通常、持ち合い株式であるため、売却と同時に買戻しをしなければならず、結果的には株式の評価替えのような効果が出てしまう。つまり保有株式の簿価がその度に上がってしまうわけだ。

> 債権の評価、自分でしちゃいけないんだw じゃ、何してたんだろね?

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