聖書の常識 6/6~キリスト教と暦の関係

ユダヤ教三派の中で、一番進歩的で柔軟性があったのはパリサイ派だった。三派の中でキリスト教と最も多くの共通性を持ち、キリスト教の重要な母体となったのは、パリサイ派と考えてよい。これは使っていた暦を見てもわかる。パリサイ派がつかっていた暦は、ローマの暦に近い。当時、どういう暦を使っていたか、つまり、どの日にどんな祭りをするかということで、その宗教宗派の信条や主張を知ることができる。パリサイ派の暦はローマ暦に非常に似ていて、それとうまく調和するように作られていたという。エッセネ派のクムラン暦というのはそれとたいへん違って、1年を364日としている。サドカイ暦も同じだったろうと言われているが、これはクムランのエッセネ派が当時の上流知識階級の出身者が多かったからであろう。彼らは神殿貴族のサドカイ派と鋭く対立していたとはいえ、やはり一種の知的貴族であり、自分たちを一般民衆から隔絶した位置においていた。ではなぜ、1年を364日にしたか。1年が365日だと、毎年、何月何日の何曜日にこれこれの祭りを行えと定めても、年によってその日の曜日が狂ってくる。これを狂わないようにするために1年を364日にしたのであろう。そうすれば1年52週できちんとおさまる。余分の日は一種のうるう日として処理をする。現代でも一部で議論されている万国暦は、これと同じ発想である。

イエスの生年月日は紀元1年のクリスマスではない

西暦を作ったのは、スクテヤ人の修道僧ディオニシウス・エクシグスである。彼が533年にキリスト紀元のはじまりを確定しようとしたとき、大きな誤りをおかした。紀元前1年と紀元1年の間にゼロ年を挟むことを忘れ、ローマ皇帝アウグストスと次のティベリウス帝との共同統治期間の4年間を見逃してしまった。そして、イエス誕生の年について、福音書がはっきりとこう記述していることも見逃した。すなわち「イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき・・・」(マタイによる福音書2章1節)。ヘロデの統治期間は紀元前37年から前4年で、この年に死んでいるのだからイエスが生まれたのは紀元前4年以前でなければならない。現在では紀元前6年というのがほぼ定説である。紀元前7年の土星と木星の相合が3回起こったことは明らかで、これは794年に1回しか起こらない珍しい現象だから、人々の記憶にこの現象とイエスの生誕が結びついても不思議ではない。


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イエスがなぜ処刑されたかは一種の謎として残る。一言で言えば不当な裁判であったということである。事実、この裁判には、誰が判決を下したかわからない点がある。ローマ人は自治を認めていたから、最高法院はその判決をローマ総督に認証してもらえばよかったはずである。彼らはそれを求めた用でもあるし、また事件をピラトの法廷に移したとき、単に判決の確定を求めたのでなく、ローマ総督の前に新たに告発したようにも見える。この混乱は様々に説明できるがちょうどこの頃、ローマは、処刑する権利をユダヤ人から取り上げたので、過渡期的な混乱であったと見ることもできる。すなわち自己の法廷ではイエスを一種の涜神罪として裁いているが、ピラトの前では、ユダヤの王と詐称した政治的扇動家として告発している。そして処刑がローマ式の十字架刑であっても、ユダヤ式の石打でなかったことは、彼がユダヤの宗教上の罪を問われたのではなく、ローマの世俗的な政治上の罪、すなわち一種の政治犯として処刑されたことを示している

ではいったい、この事件の背後にあったものは何であろうか。もちろん、当時の社会情勢その他の複雑な要素はあるだろう。しかし基本に立ち戻ってみれば、それは以下のような体制とイエスの衝突であったと言えるであろう。律法主義あるいはトーラー体制というものを徹底させていくと、トーラーこそ絶対であり、律法の細かな注解のうちに神の意志はすべて尽くされているのだから、もうこれ以上、神から、誰かを通じて直接的な意思表示はないことになる。こうなると、トーラー的発想とイエスは両立しない。イエスという人格を通して神が直接語りかけるということは、必要でないし、ありえない。もし、ありうるといってしまえば、トーラー絶対の体制は崩れることになる。現代でも中東の社会における一番大きな問題は、宗教法体制の固定化にあると思われるが、これとトーラー的発想の伝統とは深い関連がある。

キリストには3つの意味がある

キリストというのは日本語で英語ではクライスト、また新約聖書の言葉すなわちギリシア語ではクリーストスである。ギリシャ語のクリーストスはクリオーという動詞から出た言葉で、クリオーは「塗油する」という意味。ヘブライ語のマーシア、アラム語のメシアすなわち「油そそがれた者」という言葉の訳語である。元来は「メシア」と「キリスト」は同義語である。この言葉は決して新約聖書にいきなり登場するわけではない。70人訳すなわち旧約聖書のギリシア語古代訳を見るとヘブライ語マーシアのところが全部クリーストスになっている。この場合のクリーストス(キリスト)はもちろん普通名詞であって、70人訳には、約40箇所、出てきており特別な固有名詞として使われていない。

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