野中広務 差別と権力 ~被差別の成立

但馬国(兵庫県)出石藩の藩主だった小出吉親は、徳川幕府成立から16年後の元和5年(1619年)の
国替えで園部に入り、初代園部藩主となった。その際、国許から連れてきた「かわた」隊を城の南側
に住まわせたという。戦国大名は軍事上の必要から皮革生産にあたるかわた優遇した。皮革はよろい
やかぶとなどの原材料だったし、骨や皮などの煮てつくる膠も、当時としては最も良質な接着剤として
武具の原材料だったし、骨や皮などを煮てつくる膠も、当時としては最も良質な接着剤として武具の製
造に欠かせなかったからだ。戦国大名が新たに城下町をつくる際には自分の出身地のかわたを呼び
よせ、彼らに特権を与えて皮革の納入などを義務づけることもしばしばあったという。

部落差別、その起源はかつては次のように説明されていた。江戸幕府は「士農工商」の下に「エタ・非
人」身分をつくり、皮革製造の仕事に携わっていた人たちをその身分に落とした。これは武士階級が農
民たちの反抗を下にそらせて民主を分断支配するためだった
。だが、この説は最近の研究でほぼ完全
に覆された。 京都や奈良などの被差別部落の起源は、江戸時代以前の中世までさかのぼれることが
はっきりしたからだ。代わって有力になったのが中世起源説である。この説の核をなすのは人々のケガ
レ意識だ。ケガレは人や牛馬などの死、お産、女性の生理、犯罪などから発生するとされ、人々は災い
から逃れるためにそれらを忌避した
。女性の生理などに対するケガレ意識は今も人々の心の奥に残って
いる。例えば日本では使用済みの生理用品はトイレの中の特別な容器に捨てることになっている。米国
ホームステイ先の家のトイレにはそれがなかった。「生理用品はどこにすてたらいいんですか」と聞くと
その家の主婦は何でそんな当たり前のことを聞くのかといった表情で「ゴミ箱に捨てたらいい」と答えた
という。ケガレ意識は平安時代の終わり頃から強まり、ケガレ処理を統轄したのが検非違使である。
検非違使は中国から伝わった律令制にはない、日本独特の官職で、今で言う警察業務と保健衛生業務
をあわせて行っていた。検非違使は犯罪取締や刑の執行、人や動物の死体片付けなどのケガレ処理を
中世賤民を手足にして行った。こうした賤民群から武家勢力などをバックにした「清め」(後のかわた)集団
が生まれる
。彼らは当初、検非違使の下で行き倒れ人の処理や刑の執行にあたりながら、死んだ牛馬
の処理を手がけていたが、次第に牛馬の皮や骨や内臓を原料に様々なものを生産するようになる。皮革
や膠のほか、内臓からは薬品類も取れた。中でも牛の胆嚢にたまる結石(牛黄)は高価な漢方薬だった。
その特殊技能ゆえに彼らは戦国大名の庇護を受けて生き延びることができた。しかしそれは同時に、
人々のケガレ意識によって忌避され、賤民視される宿命を子々孫々にわたって引き受けることでもあった。
江戸時代に確立された身分制度はそうした事態を追認し、制度化したものである。

「周辺の村よりも豊かやった」という言葉は誇張ではない。最近の部落史研究は「被差別部落は江戸時代か
ら困窮にあえいでいた」という従来のイメージを劇的に転換させている。木崎のように大きなかわた村は皮革
業で富を蓄積し、江戸中期から明治初期にかけては一般の農村よりもむしろ裕福だったことがわかってきた。
関西の皮革の集積地だった大阪渡辺村の太鼓屋又兵衛は豪壮な邸宅と70万両の巨富を誇ったという。
被差別部落が貧困の代名詞とされるほど困窮するようになったのは、1881年、時の大蔵卿・松方正義がデフ
レ政策を行ってからである。西南の役の軍事調達で紙幣を乱発した政府は急激なインフレを抑えるのに極端
なデフレ政策を取った。そのため経済が収縮してモノが売れなくなり、全国の商店や工場で倒産が相次いだ。
皮革業で反映していた部落も壊滅的打撃を受け、皮革職人たちは一挙に職を失った。その後、他の地域は
景気の回復とともに立ち直っていったが、ほとんどの部落はどん底からはい上がれなかった。他業種への転換
が進まず、工場や企業に就職しようにも差別の壁に阻まれたからだ。

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Comments [3]

花冷えのため、満開へ足踏みをしていた桜ですが、昨日は見事な桜の景色を眺めることができました。
数年ぶりに逗子マリーナに行って来ました。
リビエラカップというヨットレースに参加してきたの。
60歳以上と女子は審査ポイントが加算されるらしい。
初めて参加したときは、何もわからず、ヨット=クルージングと思い込んで
ヒールサンダルで出かけたら、上司に「ヨットはスポーツなんだ!!」ときつくお叱りを受けました・笑
このたび、スニーカーで参上したところ、「ずいぶん成長したな」と言われた。
2時間くらいのレースだったけど、体重移動しながら必死だったせいか、今日は体が筋肉痛。
でも重り要員の役目は果たせたようです。
予想外の寒さと北風で、ハードだったけど、自然の中でスポーツするってすごいなと
改めて思いました。大人になって、チームワークで達成感を得るってなかなか難しいけど、
目標に向かって一丸となる熱い海の男たちの仲間入りが出来た貴重な時間でした♪

部落史の要約の文章うまいですね。野中さんの出自は初めて知りました、読んでみたくなりました。

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