わが友マキアヴェッリ 4/6 ~傭兵ではない自国の軍隊の必要性

当時の戦争ときたら、天候の都合で春から秋にかけて行われるのが普通なのだが、そのような仕事に絶好な季節に、「市民」たちを戦場に駆り出すわけには行かない。ならば戦争などしなければよいとなるが、20世紀の今日に至るまで、非合理的だからという理由で戦争回避に成功したためしは無い。それで仕事に絶好な季節に、仕事に絶好な年頃の男達を戦争に借り出して経済の疲弊をまねくより、彼らには仕事に専念してもらって、その仕事からあがる利益の一部を徴収し、それでもって傭った戦争専門屋に、そちらのほうは任せるということにしたのだった。この制度の普及のおかげで、イタリアの戦争と言えば、傭兵同士が戦うものになったのである。海軍は自国の人間で固めたヴェネツィア共和国でさえも、陸軍は、イタリアでは支配的だったこの制度を受け入れている。

マキアヴェッリは、後年、まことに執拗に、自前の軍隊を持つことを主張する。他人の褌で相撲をとることなど、考えてはならぬと主張する。彼のこの考えを固めたのが、ピサ戦役であったということになっている。1500年のピサ戦役の失敗はフィレンツェ共和国に莫大な額の戦費を空費させただけではすまなかった。足元を見られていいようにあしらわれた様は、他国との間に回復不可能なほどの権威の失墜もたらさずにおかなかったからである。ルイ12世がスイス兵の傭兵代の残りを38000フィオリーノも払わされたことで激怒し、ピサ戦役の失敗の全責任はフィレンツェ側にあると公言し、フィレンツェとの同盟関係を破棄すると宣言していると知ったフィレンツェ政府は、とるものもとりあえず、弁明のための使節を派遣することに決めたのである。そして、この誰も嫌がるに違いない役をまかされたのは、今度もマキアヴェッリだった。

マキアヴェッリは、チェーザレ・ボルジアに3度会っている。1度目はウルビーノでの数日だけだったが、2度目はイーモラを中心として3ヶ月を越える長期間、密着取材という形容を使いたいほどそば近くにいた。3度目はチェーザレが崩壊の坂を転げ落ちつつある時期の、ローマにおける2ヶ月である。3度とも、1502年から3年の間に起きている。マキアヴェッリはこの青年君主が非常な勢いで上昇し、かつてなかったほどの輝きを放ちながら君臨し、そしてまた非常な勢いで下降する様を、逐一観察したことになる。2人が出会った時、マキアヴェッリは33歳、チェーザレは27歳だった。

Cesare-Borgia.jpg

チェーザレ・ボルジアとニコロ・マキアヴェッリ。これ以上マキアヴェッリ的な君主もいないと思われる君主と、マキアヴェッリズムの創始者。この2人は、たしかに3ヶ月もの間一緒にいたのだ。だが、はじめから終わりまでチェーザレはマキアヴェッリに、フィレンツェ共和国政府のスポークスマンしか見なかった。このスポークスマンしか見なかった。このスポークスマンが10年後に書くことになる『君主論』で自分が不滅になることなど知らなかった。政治哲学者で歴史家のマキアヴェッリの全作品の中で、直接的にしろ間接的にしろ、自分の影がうつらないではすまないようになると、まったく想像もしなかったのである。彼のマキアヴェッリへの呼びかけはいつも「書記官」だった。


ダンテが『神曲』の中で、めまぐるしく政体を変える祖国フィレンツェを痛みに耐えかねるあまり、寝床の上で終始身体の向きを変える病人に譬えたのは有名な話だが、ダンテの時代から200年経っているのにフィレンツェ人のこの面の性向はいっこうに変わらなかった。フィレンツェは統治能力の壁に突き当たるたびに抜本的対策に立ち向かうよりも、形だけを変えて危機をはぐらかす方策を取るのが常だった。1502年の「改革」は、これまでずっと1年任期であった大統領を終身制にすることだった。終身の大統領制は、明らかに当時最も政治的に安定していたヴェネツィア共和国の政体の模倣である。ヴェネツィアで成功したものが、フィレンツェでも成功するという理由もなかった。公益を主たる産業とするヴェネツィアの「道」は海路である。一方、金融業が主のフィレンツェの「道」は陸路だ。海路は下層民の漕ぎ手の協力がなければいかに船長の技能が優れていようと船は進まない。しかし、陸路ならばそれを進む個人の力次第で行程には極端な差がついてくる。ルネサンス・イタリアの代表的な都市国家であることは同じでも、ヴェネツィアとフィレンツェでは共同体に対する人々の認識が、両極に立つと言っても良いほどに違っていたのだった。


ソデリーニは、必要に迫られていた新税法案をようやく提出する気になったようであった。だが、新税が不評なのは500年前でも現在でも変わりは無い。内心では誰もが不賛成なことを、表面に噴出させないで実施に移してしまうには、誰もが納得を示さないではすまない理論的根拠で押すしかなかった。ソデリーニはこの理論的根拠作りをマキアヴェッリに命じたのである。ソデリーニをはじめとする政策決定件を持つ人々に向けての提言は、『若干の序論と考慮すべき事情を述べながらの資金準備についての提言』なる、奇妙な表題で後世に残ってしまった。しかも資金準備そのものについてはいっさいふれていない。表題の示すものの半分しか論じられていない変な論文なのである。マキアヴェッリは初めて、国家を効率よく機能させるには何が必要かをはっきりと論じている。

あなた方は、現実がいかなるものであるかを、認識もしていないし見てもいない
私は改めて繰り返す、都市(国家)は、軍事力無しには存続不可能なことを。それどころか最後を迎えざるを得ないことを。最後とは破壊であるか隷属かであり、あなた方は禁煙、この両方の事態を迎えるところであったのだ。なぜ我々に軍事力が必要なのか、フィレンツェはフランス王の保護下にあるのではないか、フィレンツェの敵は去ったのではないか、ヴァレンティーノ公爵チェーザレ・ボルジアだって攻撃してくる恐れも無いではないか、と言われるのなら、そのような考えほど軽率なものは無い。全ての都市・国家にとって、領国を侵略できると思う者が敵であると同時に、それを防衛できると思わない者も敵なのである。君主国であろうと共和国であろうと、どこの国が今までに、防衛を他人に任せたままで、自国の安全が保たれると思っただろうか。個人の間では法律や契約書や協定が信義を守るに役立つ。だが、権力者の間で信義が守られるのは武力によってのみである。

都市在住の市民達の徴兵は今のところは不可能と彼は考えていた。なにしろ戦争は傭兵に任せるものと信じて長い、フィレンツェの市民である。しかも、フィレンツェ人の個人主義的傾向の強さは有名で、他国で法王派と皇帝派に2分裂する間にフィレンツェでは、勝った法王派もさらに黒党と白党に分裂するというお国柄なのだ。このような抗争に汚されていない農民達にマキアヴェッリは期待したのである。また騎兵と歩兵の優劣が繰り返されるのが軍隊の歴史でもあるが、16世紀初頭という時代は、きらびやかな軍装を競い、一見圧倒的な力をもって迫るかに見える騎兵隊よりは、しぶとく軍団を組んで前進する歩兵団が脚光を浴び始めていた時代である。愚直かもしれないが容易に崩れないスイス人の歩兵団が、各国の君主から高額で雇われる現状は、誰よりもマキアヴェッリが知っていた。

外国人に自国の軍の総指揮を任せるなど、ヴェネツィアだったら絶対にやらないことだが、フィレンツェでは政策決定件所有者たちの賛同を得るには、このほうが得やすかったのである。フィレンツェの有力者達が最も恐れたのは、自前の軍の創設が終身大統領ソデリーニの権力強化につながることだった。軍の最高指揮官がフィレンツェとは何の関係も無い外国人ならばその心配も無かろうというわけである。そのうえ、マキアヴェッリは、この種の心配の種をまかないためにも、文官指導の体制を確立することも忘れなかった。フィレンツェ正規軍の責任者は、終身大統領のソデリーニではない。国会で選出された9人のフィレンツェ市民によって構成される、「軍事9人委員会」が責任を負う。徴集から装備から全て、この文官たちが決める体制にしたのである。マキアヴェッリは文官指導をあくまでも守ることによって、大統領直属の軍になる怖れも消すという建前で、政策決定権を有する人々に訴えたのである。

どこにでも誰の許にでも必要とされるや否や派遣されたマキアヴェッリだったが、やはり重要な国ともなれば、出張中に観察し、分析し、思索し、総合したことを、記録しておこうという思いが自然にわいてきたのであろう。それとも、第一回目のときのものが好評で、それならば第2、第3という具合になったのかもしれない。

【軍事・軍隊・国防】
2013.06.20 わが闘争 下 国家社会主義運動 6/7~ヨーロッパ外交政策
2012.10.11 北京・ハルビンに行ってきました 7/13 ~初一人行動・軍事博物館
2012.08.08|マキアヴェッリと君主論3/4 ~権力の維持
2011.05.11: 日本改造計画3/5 ~対外・国際関係
2011.03.08: ミサイル防衛 大いなる幻想
2011.01.28: 小泉官邸秘録 ~有事法制の整備
2010.07.20: ドイツの傑作兵器・駄作兵器 ~開発体制
2010.06.11: インド対パキスタン ~両国の核兵器開発とこれから
2009.11.05: 核拡散 ~新時代の核兵器のあり方









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