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私はジャカルタの南部に住んでいるので、南部を中心に遊んでいます。例えば、ホテルムリア、プラザセナヤン、ブロックM、ウィジャヤなど、今まで登場した多くは南部に位置し、この4つに至っては、一本の幹線道路沿い上に、南部の中で南北に広がっています。今日はさらにその南部を東西に広げて、紹介したいと思います。

どこの国でも都会なら日本の飲食店に行くと、フリーペーパーが手に入ります。飲食店探し、特に日本食に関しては、地図付きで綺麗にまとまっているので、なるべく読むようにしています。それを参考に、南東部のKEMANG(クマン)に行ってみました。私のKOST(アパート)から歩いて40分ほどの距離です。ああ、タクシーには乗りません。歩きです。治安的には大丈夫だと思うのですが、夜で、幹線道路ではない脇のかなり細い道路を通っていくつもりだったのでSurfaceは置いて、コガネだけ持ってのお出かけです。


--ここから先、ジャカルタの不衛生な面について、わかりやすくするために写真を入れます。写真には臭いが写らないので、それほどキツイ写真ではないですが、お食事中の方や繊細な方はこれ以上は見ないことをお勧めします


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Plaza Senayanの焼肉 Esina

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ジャカ1と同伴です。Plaza Senayanはジャカルタ南部の高級ショッピングモールで、SOGOなどもあります。去年行った鮨清もここです。というか鮨清の斜め前くらいの位置で、去年、この焼肉も良さそう、とブログで書いていたところです。鮨清の隣は鉄板焼きで、斜め前くらいがEsinaです

私が「金曜は友人と寿司に行く予定」
J1「いいなー、私も行きたい」
何食べるの?
J1「卵といなり」
生魚ダメだったら一緒に行ってもつまらないでしょ?

でも焼肉はOKということで今夜はジャカルタで焼き肉です。何度かジャカルタで焼き肉行っていますが、そこそこイケます。Esinaは二人で行く焼肉、つまりちょっと高級。ウィジャヤのそばの焼肉は大勢で行く焼肉、大衆店ということですが、ウィジャヤのそばの焼肉も値段の割にはおいしいと思います。ここEsinaの客層はインドネシア人が意外に多く、ハイソサエティも利用しているそうです。

私はジャカ1が食べられるもの、「豚肉は宗教上の理由でダメ、生卵やユッケもダメ」という制限があるので、ジャカ1に任せたところ、Esinaで最も割安な「カップルセット」を頼みました。ハイソサエティ諸君らは、高級部位も用意されているので、そちらをオーダーしてもよいだろう。ジャカ1に合わせているので、ここでは酒も飲みません。そうすると・・・、二人で会計800,000IDR(8000円)ほどでした。う~ん、一応、Esinaはジャカルタではそれなりに高級なはずですが、庶民的な価格になりましたw 高級部位+お酒を頼めば、2倍以上は確定ですw

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せっかく運動靴を持ってきたので、バタムの街でもランニング。Nagoyaの周りは交通量が多いので、シンガポールの住宅地で走ることに比較すると走りにくい。道悪なのでバイクのスピードがちょうど走るのと同じくらい低速なので、とても走りにくい。歩くことさえ嫌いなインドネシア人からは、走っていると奇異な目で見られます。走り慣れた後輩と一緒に走りました。このペースで走ると6~7分で1km、つまり時速10kmほどで走っているようです。私はいつも一人で走っているので、経験豊富な後輩に教えてもらいました。走り終わってコンビニでビールを買いました。もっと早く気が付くべきでした。

ビールは海外ブランドであるカールスバーグ(12000IDR)とインドネシア国産ブランドのバリハイ(13500IDR)の価格が逆転しています

これが意味することは、バリハイのビール工場はバタムには無く、シンガポールで生産し、直で輸出されるカールスバーグに、インドネシアのどこからか持ってくる・あるいはシンガポール経由で持ってくるバリハイが輸送コストで負けている現象です。輸送コスト、バカになりませんね。彼らがなぜバタム工場を使っているかもまた輸送コストであったことが正当化されました。


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チキチキに興味は無い。それよりも工場見学をさせてもらえるなら、そちらに時間を使いたい。」

という私のわがままに対して、おじさんが「それなら明日の昼にでも工場に見学に来ればよい」と言ってくれたので早速突撃することにしました。ホテルからタクシーで15分、85,000IDRほどで工場につきました。

工場内を見学する際の諸注意を5~10分でインドネシア人スタッフから受け、安全靴、ヘルメット、ゴーグル、ビジター用のチョッキを着用します。安全靴を生れてはじめて履きました。上からパンチしてみましたが、確かに足には響きませんでした。

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事務所内は、普通のオフィスで主に生産管理をしています。そこを抜けて工場へ。鉄板やH形鋼など原材料が置いてある場所、切る、穴をあける、曲げる、溶接などいくつかの工程によって区画が分かれており、工場内で働いているのは100%インドネシア人です。事務所内は白人やインド、中華系なども多民族でした。工場内の屋根が付いている部分では、原材料からパーツを作ります。そして屋外で、原材料を組み立てています。原油掘削の基地、製鉄工場の一部のように見えるコンポーネントらしきですが、他社さんの製品について細かいことはわからないそうで、なんなのかはわかりませんが、そんな感じのものが組み立てられています。

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ナゴヤの真ん中にあるFormosa Hotelにチェックインして荷物を置き、Formosaからほど近いショッピングモールNagoya Hillに向かった。

2013.05.21 バタム・ナゴヤ 2/3 ~攻略難易度高めのバタム

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前回泊ったPacific Place HotelからNagoyaへの道のりが地図上に載っているが、その雰囲気に比べると、「意外にバタムは発展してるじゃん。綺麗?」と連呼してしまうほどだ。綺麗と言っても、オーチャードのIonを想像してはいけない。あくまでもジャカルタ、Blok MのPlaza Blok M(綺麗なショッピングモール)とBlok M Square(古い・汚いショッピングモール)の中間くらい程度のクオリティ。モール内、コーヒーは一杯20,000IDR、フードコートの食事は30,000~50,000程度なので、KFCは2ピースチキンミール(添え物はライス)は45,000IDR程度と激安ではないが、シンガポールよりは若干安い印象だ。スーパーで売られているコカコーラは1.5リットルで10,000IDR程度とかなりお安い。

民が生きていくための最低限のお食事という観点では、バタム、ジャカルタ、シンガポール、バンコク、上海、どこであっても大して変わらない。土地代の高いシンガポールであっても、ホーカーセンターは、シンガポールの高度経済成長についていけないシンガポール国民のために用意された雇用創生の場でもあり、シンガポール国民特権、すなわち、シンガポール国民がホーカーの枠、テナント料を格安で得られる権利があるゆえに、シンガポールのどこでも3~5SGDで、一食を提供できるのである。最低限の食事はどの国でも似たような価格で得ることができるが、ちょっとした贅沢な要求、高付加価値商品に対する要求、これがどのように価格付けされるかで物価の差がつく。シンガポールや東京は、高付加価値商品が割安に手に入れられることを示す、バタムの事例を順次示していこう。

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シンガポールからフェリーで50分の距離にあるインドネシアの島、バタム。「バタムに行く」というと、「楽しいですか?」「ゴルフ以外で行ったことが無い」「何か(観光名所)あるんですか?」と尋ねられるが、バタムが観光都市として認知されていない事実が示すように、いわゆる遊びに行くところではない。結論から申し上げれば、ゴルフでもないのに、バタムに遊びに行くというのはかなりツウ好みである。バタムというとゴルフとチキチキだが、私はバタムが持つこの2つ以外の側面に触れていこう

「バタム 投資」 でのインターネット検索を要約すれば、

1.バタム島に五つある国際フェリーターミナルとシンガポール間に毎日96便のフェリーが6時から22時まで就航
2.ハビビ開発庁長官時代にはバタム島に隣接するレンパン、ガラン島などバタム諸島内が六つの橋で結ばれ、その総面積はシンガポールの国土618平方キロメートルを上回る715平方キロメートル
3.1970年には6000人程度の漁村だったバタム島の人口は、2000年には50万人を超え、現在では130万人
4.バタム島にはこれまで67社の日系企業が進出し、同島に駐在する日本人は300人ほど。バタム島だけでもシンガポール経由で年間100万人以上の外国人観光客が訪れている。
5.外資誘致・奨励策 100%海外資本設立の認可
6.総投資額、政府部門・民間部門合わせて、累計10bil USDドル。

インドネシアとシンガポール両政府共同プロジェクトで、多大な予算と開発で、"成功した工業地帯誘致"と読める内容だ。大事なので繰り返そう、6000人の漁村が40年で人口130万人にまで発展し、バタムの開発計画は成功したと言えよう。しかし、実際にバタム島を5分歩けば、その寂れた街並みに驚くことであろう。成功してもなおエマージングな状態であることは、バタムに行けば誰にでもわかる。

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この写真で見ると、綺麗な街に見えるが、実際はかなり寂れているので、それを見るためだけにバタムに訪れる価値はあるだろう。

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「王は神なり」という権威付けの論理は、もともとインド系の思想であって、それがジャワなどを典型として、東南アジア社会にも流入している。だがここでは事態が逆だ。権威は民衆の側にある。民衆の従ってきた慣習法のほうが常に強かった。村落国家の王は、神性もっとも薄き王だった。その意味では非インド的である。民衆が即位文書を朗読し、王-実際には村長、郡長に当る-がこれを承諾するという儀式は、つい最近まで行われてきた。そして時代を経るにつれて、即位文書に慣習法の規定が組み込まれ、精密になっていった。それは村落憲法へと昇格していったのである。王の義務はますます重くなり、その不履行には罰則さえ定められた。 実際に慣習法を成文化した村落憲法によって、追放されたり殺された王、女王があちこちにあった。ボネ王国では、6世王と8世王が16世紀と18世紀に殺され、11世、16世女王、19世王、27世女王が王位を追われている。他の国も同様である。民衆の権利はかくまでに強かった。昔、日本にも天皇機関説があった。南スラウェシの王たちは、言葉の純粋な意味において約束による機関にすぎなかった。だがそれでは慣習法社会の民衆は、なぜ天孫を王として迎えねばならなかったのだろう。

定着農耕と権力の関係である。インド、中国を考えればわかるが、一般的に定着農耕社会は強大な権力を生む。その土地が広大であれば権力はますます強大になり、しばしば大帝国、大王国が生まれる。定着農耕は焼畑農耕より2~3割生産性が高く、その分だけ余剰を生む。しかも先祖代々営々として築き上げてきた田畑だから、農民は夜逃げするわけにはいかない。統治者にとってこれほど都合のいいことは無い。逃げようの無い農民が高い生産力を持っているのだから、しぼりあげるのは容易である。

南スラウェシの社会史を考える時、一つ不思議でならないのは、どうしてルウで歴史が生まれたのかという問題である。この問題を考えるきっかけになったのは鉄である。ブトン島の東南端にはトゥカン・ブシ列島が連なり、その最南端のビンノコ島には鍛冶屋の集落があることなどを聞き込んだ。典型的な隆起珊瑚島で鉄鋼も無いのに山刀を打つ鍛冶屋の長屋がある。スラウェシ島からテルナテ島をつなぐあたりに、西からバンガイ、スラという小群島が並び、後者の一つがスラベシ島である。スラは"島"、ベシ(今日の発音ではブシ)は"鉄"である。トゥカン・ブシのブシも、スラベシのベシも、セレベスのベスもスラウェシのウェシもすべて鉄だった。バンガイ島やスラベシ島で昔、鉄を産したのか、調べはまだついてないが、ルウ地方の奥地にはたしかに鉄鋼山があった。

武器(鉄器)は文明なり か。

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インドネシアでは、1945年から49年までつづいた独立戦争期にオランダ側についた地方があっただけでなく、独立後もジャカルタ共和国政権に叛旗をひるがえした分離独立運動が各地に起こって、最終的には60年代まで続いた。その最終的鎮圧は、島々の国家への統合と権力の中央集中を意味した。分離独立運動は、植民地主義時代にも中央権力が統合支配しきれなかった自立的気風の強い土地で起っている。この分離独立運動を旧植民地支配者はかなり露骨に利用しようとしたから、いまや中央権力の座を占めた民族主義者たちは、一層鎮圧に努めねばならなかった。南スラウェシでもこうした分離運動があった。南ミンダナオでは、ムスリムとマニラ政権との間に70年代に内戦が戦われている。こうした屈折した経過さえなければ、南スラウェシも南ミンダナオも、植民地主義への抵抗者として発掘され、隠れた英雄のように、むしろ賞賛を受けていただろう。しかし彼らは植民地主義への抵抗者であるばかりでなく、独立国中央権力に対する反逆者でもあった。彼らはネーション・ステートに対しても抵抗したのである。インドネシアの一史家は、「地方史は、国家史の立場と必ずしも一致しないので、その研究は極めて難しい」と告白している。歴史研究には多かれ少なかれ中央権力の座から眺めるという中央主義史観がまつわりつくけど、新興独立国ではまさに国家統合の複雑さのために、辺境や田舎は、いっそう見えにくくなる。そういう困難があるのにさらでだに、私たちの日本では、単一民族論の迷信が強く、権力の集中と統合の度合いが高いので、東南アジアにおける田舎の自主性が見落とされてしまう。つまり、あちらにもこちらにも事情を素直に認識できない難しさがある。

日本の地方都市の中央政権への強い依存は、中央集権化、強い安定中央政権が優れている証拠だ。こういう地方の中央集権からの独立が、アジアの動乱の引き金になるだろう。

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Lara Djonggrang 外国人(日本人も)が多い、ジャワ料理を中心にしたインドネシア料理店

Jl. Cik Di Tiro No.4, Jakarta Pusat (場所はチキニ、Chikini)
Tel:021-3153252

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この店は2年前にジャカ1と来たことがあるのだが、ブログ上で言及していなかった。正直に言うと、インドネシア料理は、日本人の口には合わないと思う。タイ料理はおいしいので、タイでは外国人向けのヌルいレストランで食事をするのは嫌だが、インドネシアでは、この外国人用の無難な味付けがちょうど良い(これじゃ現地化できていないんでダメなんだが)。なので、客はほとんどガイジン、白人から日本人まで。私たちが訪れた時も日本語が聞こえてきたくらいのガイジンプレイス&ガイジンテイストの店だが、日本人の口に合う無難な味付けのインドネシア料理である。昨日まで、Subangのド・ローカルやレストランで食べたリアルなインドネシア料理とは一線を画す、「無難なインドネシア料理w」である。

4品+Nasi Merah(インドネシアの赤飯)+ソフトドリンク2杯で360,000IDRというような値段である。しかし、料理名はインドネシア人のジャカ1をもってしても意味不明な名前(すなわち土着の料理では無い)のようで、英語の解説を読みながら推測するしかない。ただ、私の経験では、ここの店のメニューはどれを頼んでも、「ギョッ、これは食えん」というような代物は出てこないので安心してオーダーできる

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さて、遊蔵は最後になったが、まだ残りがある。ついにジャワ島、初のジャカルタ脱出を手引きする頼みの綱は、やはりアジア一国一愛人構想中、最も私が信頼を置いている重鎮級ネーさんのジャカ1である。

「Bandung(バンドゥン)に温泉があるから行ってみないか?」という私にとって魅力的な誘いを、ジャカ1から去年受けていたので、今回実行した。正確にはBandungではなく、Ciater, Subangというところだが、Bandungからそう遠くなく、ジャカルタから車で3時間の距離である。Cikampekをひたすら東に行き、Padalarang?あたりで降りる。ジャカルタから約80km、高速料金は21,000IDR(210円相当)、市内からだと約90分。ここまでならジャカルタから電車によるアプローチもあるらしいのだが、ここからは、下道・山道をまた車で90分なので、車と運転手をチャーターした。Bandungの標高が768mで、Subangに行く際も、車で相当上った気がするので、おそらくこのくらいの標高であろう。

ジャカ1が友達も一緒で良いかと言っていたので了承したのだが、まさか二人来るとは思わなかった。ハーレムライフのはじまりである。ジャカ1とジャカ1のBlok M時代の同志、すなわち日本語が若干できる友人、そしてその友人の妹だ。彼女らのためにホテルは2部屋取ってある。遠征するとステークホルダーが増えるの法則は、アジア共通の事象である。ジャカ1の家族は敬虔なモスリムなので、私を紹介するわけにもいかない事情wで、増えるお世話するお友達。という事情もあり、用意した車は8人乗りのちょっと大きい車でゆったり移動。しかしCikampekを降りた後の下道は山道に入ると、対向車とすれ違う時は減速しなければならないほど狭く、でこぼこに穴が開いているような状況である。しかし、マレーシアのキャメロンハイランドを彷彿とさせるようなお茶畑、ゴムの樹、緑多い山岳風景になり、排気ガスにまみれたジャカルタとは雰囲気が変わってきました。

Sari Ater Hotel & Resort
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温泉付きホテルで、我々はホテル、メインはビラです。一部屋一泊800,000IDR(8000円相当)レベルの可も不可も無い普通のホテルである。山岳リゾートなので、ファシリティはプアで、ホットシャワー、Wifiはあるものの、セイフティーボックスや冷房は無い。もっとも標高800mのせいか、午後3時の昼間なのに、半袖で涼しい、夜は半袖だと少し寒いくらいの気候なので冷房は必要ないが。

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鮨清 Sushi sei
Plaza Senayan Parking Area 4th Floor (と言いながら3階にあったような…、この周りにあった鉄板焼きやしゃぶしゃぶもおいしそうでした)
Jl.Asia Afrika No.8, Jakarta 10270
(62-21)-5725510

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シンガポールから来た若い衆2人が帰ったと思ったら、今度は同じくシンガポールの先輩が「出張でジャカルタに来たので飯でも食わないか」ということになりました。若い衆とは、焼肉やとんかつ、ラーメンなど、過激な肉系のお食事が多いですが、私よりも先輩なので、しぶく魚、鮨です。シンガポールに住んでいるので、割高なアジアの日本食も許容でき、グルメ・酒好きで、経済力も十分にあるので、非常に付き合いやすい先輩です。彼は九州出身なので、焼酎が好き、九州は関係無いのですが、シャンパンやワインも好きなのが玉にきずです。彼が飲んでいる一流の焼酎は、アジアでは稀少で非常に値段が張るもので、焼酎やワインの味が分からない私は、それを飲みたくないのです。(それを彼がいつもご馳走してくれるのですが、無料であっても私は飲みたくない。味のわからない私が飲んだら、もったいない、無駄だからです) もちろん、彼が山崎25年(これアジアではほぼ入手不可能じゃないかな?)など良いウイスキーをご馳走してくれる時は遠慮なく飲んでいます。山崎25年@シンガポール、数万円分飲ませていただきましたが、おいしかった、ご馳走様でしたw

日本人の板さんが付いてくれているので、カウンターで任せで頼みます。20代の頃は、「おっさん、寿司屋行って、なんで刺身食うんだろう? 寿司屋は握りだろ?」と思っていましたが、今では私もおっさんになり、あまり量も食べられない年になったので、刺身がちょうど良いです。我々の世界も狭いですが、寿司職人の世界も広くは無いようで、鮨清の板さんは、シンガポールの寿司屋のこともよくご存知でした。シンガポールはジャカルタに比べると仕入れが楽、税関・輸入手続きがスムーズ、仕入れの曜日は、火曜日と金曜日だそうです。(この日行けばもっとも種類が多いです) しかし、鮨だけではなく、自動車業界も、税関・輸入のところでモノが止まって大変らしいから、税関職員の増員もまたインドネシアの課題です。

お腹いっぱい食べて、日本酒一人2~3杯飲んで一人2,000,000IDR(20,000円相当)でした。値段と質のバランスは取れていると思います(アジア基準)。一人で食べると少し寂しいので、心強い先輩が一緒でとても美味しく食べることができました。まだお酒が足りないので、二次会は遊蔵でw いきなりケチくさいな。互いにBlok Mのキャバで大騒ぎするような年齢ではないので、おとなしく持ち込みのウイスキーを飲みました。2人で70,000IDR(700円)。どんなに高級なウイスキーを飲んでも、持ち込みなのでw 値段は変わらないのが遊蔵の良いところです。もっともインドネシア国外から持ち込まないと良いウイスキーは手に入れることが非常に困難ですが。

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遊蔵

完全に途中経路と化している遊蔵だが、次のCJ'sに備えて、ここでウイスキー需要を満たしておく必要がある。持ち込みボトルをロックでバシバシ飲む。3人で飲むとボトル半分くらいは簡単に空いてしまいますね。「さて、お前ら靴に着替えて、短パン止めろ」。連れの友人、シンガポール住みだが現地化が激しく、みかけは「東南アジアのだらしない男」である。それでも一応、外資系銀行で働くデリバティブのトレーダーたちであるw 彼が遊蔵で立膝をして座っていたら、遊蔵の女の子がインドネシア語で「XXX(インドネシア語)、道端で座って飯食ってる単純労働者にそっくりだ」と笑っていた。東京育ちで都会的センスもあり、高学歴で高給取りなのに、みかけは完全に「東南アジアだめんず」なのはなんでなのだろう? 二人とも、まず話し方や姿勢がだらしない。座っている時に、足を投げ出したり、椅子の上に足を乗せたり、寝転がったり、机に肘をついたり。俺を見ろ! 飲んで酔っ払っていても背筋がシャン! 話し方は常にはっきり! それに加えて、ホテルのドレスコードにひっかかるような服装とだらしない着こなし。ダサいのではなく、だらしないのだ! 例えばベルトをしない、ズボン下げの腰パンファッションとまでは言わないが、私の世代の価値観ではありえない。キチッとしろキチッと!


今回2回目、CJ's Bar @ Hotel Mulia

2013.09.11 ジャカルタ・リラクゼーション・アワー 11/16 ~民としての生活と物価
2012.10.18 ジャカルタに行ってきました 6/9~ナイトクラブHotel Mulia


「ホテルムリアやリッツの周りだけしか見ていないようではジャカルタと見たとは言えない。」と発言している割にはホテルムリア大好きだなw 毎年来ていて、今回も2回目w というかホテルムリアのためだけに靴までも持ってきたほどのお気に入り? シンガポールでたまにロバートソンキーとか行きたくなる感じと同じなの、わかってもらえるかな? でも、バーというかディスコというか、雰囲気も悪くないです。

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シンガポールのお友達二人が週末を利用して、ジャカルタに遊びに来ました(私はジャカルタに引っ越したわけではなくて1ヶ月住んでいるだけです)。金曜仕事終わりからのフライトなのでジャカルタのBlok Mに着いたのは23:30でした。むぅ、遅いな。とりあえず遊蔵で飲もう。私も2本のウイスキーをシンガポールから持ち込んだが、半月ほどで全部消費してしまったので、追加で彼らに2本持ってきてもらいました。早速飲みましょう! 今から遊びに行くのなら、キャバは壊滅だから、CJ'sかな、とか話していたら、遊蔵のとある女の子が、「ディスコ行きたい」といい始めたので、連れて行ってもらうことにしました。逆ハーレムナイト、男:女=3:1で彼女はとてもご機嫌です


Golden Crown

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ウイスキー・シーバスリーガルを1本入れて1,600,000IDR(16,000円)なので、それなりの値段します。氷はタダだったような気がします。ジャカルタなので酒は安くありません。インドネシア・ドメスティックですが、ジャカルタのディスコは照明が真っ暗なところもあるなか、比較的健全で過ごしやすい雰囲気でした。朝5時まで飲んで一本ボトル空けちゃったかな。

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ジャカルタの軍事博物館 Museum Satriamandala

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http://www.museumindonesia.com/museum/47/1/Museum_Satriamandala_Jakarta_
Jl. Gatot Subroto no.14 Jakarta 12710 ジャカルタ中心部の南側エリア。
開館時間が火曜から日曜(月曜休館)の9:00~14:30まで、入場料は2,500IDR。

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ジャカルタ市内の南下が渋滞する理由

お遊び時間前のピークアワー(17:00~20:00くらいまで)のジャカルタの渋滞は、南下する方向に強く現われ、北上は比較的混まないということを以前書いた。その理由は、ジャカルタの南部がインドネシアの民の住宅地として展開されているからである。北部は海抜0メートル地帯、雨が降ったり、海が荒れれば浸水し、家が汚れたり、道路が埋もれ交通が麻痺することが居住エリアとして嫌われている理由だ。ただ、華僑系インドネシア人には、何か政治的混乱や華僑排斥論が高まった際、国外退去・逃亡する必要があるので、空港に近いからという理由で人気があるそうだ。

CJ's Bar 

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ホテルムリアの私のお気に入りのディスコ? バーというより生バンド付きのナイトクラブという感じです。サンダル・短パンは禁止の高級クラブで、720mlのCanadian Clubが1,900,000IDRもします。ちなみにナイトクラブといっても女性が付くわけではありません。ただ、そういう女性はたくさん入り込んでいます。私はいつも女性同伴なので、声をかけてきませんが、男だけで居ればすぐにアーブしに来てくれるので、どっちでも大丈夫ということです。お持ち帰りの相場は1,000,000IDRだそうです。(私の経験談ではありません、人から聞いたちょっと古い話なのでインフレしている可能性があります)

今回は私のお友達とその友達(インドネシア人女性)と3人で来ているのですが、このお友達とは女の好みが大きく異なるねぇ。いつもながらw 一緒に遊びに出かけても指名がかぶることはまずないだろうね。20代後半で熟女化してくる欧米人に比べると、日本を含むアジア人女性はとても若いですが、東南アジア、特にインドネシア女性はアジア人女性の中でも若く見えます。若いというより幼く見える娘が多いので、ロリコン傾向が強い日本人には良いかもしれません。私は大人でしっかりした女性が好きなので、彼のように幼い可愛い感じの子をあえて選ぶことは絶対にありませんw インドネシアは宗教の影響で、お酒の飲み方がまた幼稚。高校生・大学生と飲んでいるような気分になります。私たちがロックでバンバン飲んでいるので、「私も~」みたいに真似してくるのですが、非常に危険な感じですw 「これ見えるかな? アルコール度数40度もあるのよ。あんまり一気に飲むと危険だからゆっくりゆっくりね。」前にも遊蔵で彼が指名した女の子が、お二階ではしゃいで、グラスになみなみウイスキーを注いでいたので、「ビールじゃねぇんだから、そんなに注いで飲めないでしょう? おじさんに渡しなさい。飲んであげるからw」と諭した記憶があります。私もムリア(CJ's)に行くとテンションが上がるので、ハイペースで飲みすぎてしまい、早々と退散したのですが。

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テレホンカードビジネスはどうだ?
スラウェシのヤツに50万ルピアほど、未払いのまま逃走された。
カラコンビジネスは?
こっちは安全だね。取りっぱぐれはほぼ無い。ただ規模が縮小しているな。
将来、ママになる気はあるの?
厳しいから夜の仕事からは引退したい。

カラコンビジネスは私も感心している。余った金はインフレで減価するので即座に換金性の高い商品=カラコンに換え、キャバ嬢のクレジットリスクを取り、給与を担保に掛けで売り、回収に失敗する=借金を踏み倒した女のレッテルを貼り、Blok Mから叩き出すという脅しをもって、銀行=大資本が取れないゲリラ戦ビジネス、ジャカ1でないとできないビジネスなのである。

このようなビジネスのために資本が必要なら、私に言って欲しい。今回も事前にジャカルタに来ることは連絡しているわけだから、来る前に! 必要な資金と使途を説明してくれれば、応じないことも無い。ジャカ1はもう引退したいのか、「不動産を今買わないのか? どうせ上がるだろ。」という楽観的な見方をしているようだ。だが私の決断は厳しい。

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プラザインドネシアの牛角で、先輩とそのインドネシア人の友人と3人でお食事です。日本人相手のインドネシア語の先生をしているので、日本語は大丈夫です。一人焼肉に躊躇は無いのですが、単純に一人で食べられる量が少ないので、一種類で終わってしまうのがちょっと悲しい。3人居ると良いですね。日本に比べると少し高いですが、アジア平均の料金、一人あたり300,000IDR(3000円相当)です。

インドネシア人「職業投資家ですか。私にも投資教えてください。」

よくある質問だw 必負法はあっても必勝法はない。「これは絶対儲かる」と言うヤツは、基本的な法的知識が無いのは確実な、低レベルの詐欺師である。こちらから教えることは、これだけはやるなという禁止事項だけであまり面白くないので、逆にこっちが聞きたいのだが、「私には欲しい物が無い。だからあなたが欲しいと思っているものを教えて欲しい。家と車が挙がると思うが、どんな家(マンション)に住みたいのか? 立地が重要だと思うが、なぜそこに住みたいのか? その理由を聞きたい。私にはこの広いジャカルタのどこの地域が価値があるのか判断がつかないからだ。」

もちろん、初対面なので、こんな詰問ではなく笑顔でもう少し平易な言葉で質問したのよw

しかし、話していて面白かったのが自動車購入について、私もこの便利なジャカルタで、バスもありタクシーも安いのになぜ車が必要なのか? と厳しい質問をしてしまったが、インドネシア慣性系では、車を購入を正当化する一つの理由を発見した。私の先輩が、「借金して車を買って、その金利負担が非常に高い。」と言ったのがきっかけだった。USD慣性系でみればIDRは年間10%以上下落しており、実質インフレ率も10%ある中では、預金よりも借金が戦略的行動である。確かに金利は高いかもしれないが、給料が去年と今年でいくら上がったか? あるいは物価がどのくらいあがっているかを考えたら、悪くない行動だ。しかも、インドネシアでは車の減価償却、中古車市場での値下がりのカーブが緩く、車の下取り価格が、10万km走行なら75%、20万kmなら50%と高い価格で売れる(もちろん年数や状態なども影響するが中古車市場の目安として)。インドネシアルピアが年間10%値下がりする慣性系なので、3年で25%減価なら、現金保有より優れているという、まさに高度経済成長と悪性のインフレなのである。これは我々世代の日本人にはとても理解できない感覚だからこそ、ジャカルタに来て学ぶべきことなのである。

(相手がインドネシア人なので、「通貨の信認という超基本的な社会インフラさえないインドネシアだからこそ、通貨の価値、バリュエーションについて改めて思いを馳せ、先進国市場に還流させるという発想なのだ!」というインドネシアを悪く言うような表現・難しい単語は避けました。)

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インドネシアの独立記念日は8月17日。2日ほど前に日本では終戦記念日だったが、なんか近いな・・・、と思った諸君は東南アジア史を勉強なさいw 偶然近いのではなく2つはつながっている。いつの時代も大国の動乱は他国にも波及する。日本の敗戦の決定は2日でインドネシアに伝わったのだ。だから、アジア一国一愛人構想なのだ。わかるか?

8月18日は、MONAS(独立記念碑)の傍で記念祝典パレードが昼過ぎくらいから行われる、との情報が先輩から届いた。暑いし、一人だしなー、プラザインドネシアで日本飯でもついでにとも思うんだけど、朝飯食べちゃったし、昼飯いらないんだよなー。と気が乗らなかったので、日本市場の終わりはインドネシア時間では13:15であるから、そこで〆て14時前くらいに出発した。タクシーで行けば50,000IDRで到着するのだが、それが高い気がしてきたので、民バスに乗る。民バスとは、窓なし・ドアなし・冷房なし・バス停なしのボロボロのバスなので、バスが来たら手を挙げると速度を落としてくれるので、飛び乗る。料金は3,000IDRだ。これでまずBlok Mまで移動。

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ただ、バスに乗る前に、Blok M Square(Squareが汚い方で、綺麗な方がPlaza Blok M)で買い物だ。アジア・ファッションのインドネシア版ペチ(Peci)=インドネシアの偉い人がかぶっている帽子だ。そして、これを東京で着用するのが私の目的だ。タイやフィリピンではペチの宗教的意味も通じるので、ペチを被ってバーで酒を飲むという矛盾が格好悪く、またイスラームがマイノリティなので面白くない。宗教のことなど誰も知らない日本では、このファッションの宗教的意味合いが殺され、単なるアジアンテイストになるという高次元のお洒落の追求なのだ。

頭にペチ(インドネシア)、ネックレスはワットポーで買ったリクラインニングブッダ(タイ)、ブレスレットは天珠虎目(中国)に身を包んだアジア的ファッションwは、イスラーム・仏教・風水と宗教も滅茶苦茶で、ある意味冒涜的なファッションでもあるのだが、「信じるものは巣食われる、これマーケットの真理なり」という投資家らしい主張を貫きつつ、アジアが香る抜群のファッションセンスなのである。

インドネシア・ファッションの代表格はバティック(Batik)というシャツがあるのだが、日本語で言うとガラ・シャツのような感じで、これらをすべて組み合わせると東南アジアのヤクザ? みたいに東京では思われてしまいそうなので、バティックは敢えて外す。ペチはブレスレットやネックレスに比べると圧倒的に存在感あるので、バティックまで着用するとインドネシアに偏りすぎ、バランスが崩れてしまう理由もある。私ももう少し顔がよければ、バティック+ペチで東南アジアのエリート・ビジネスマンと言ってもらえる風貌になるのだが、整形でもしない限りその組み合わせは、電車で周りが空いてしまいそうで嫌だ。

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遊蔵へGo!

とりあえず、ドンッ。チャンギ空港で買ってきたウイスキーをボトルキープ用に遊蔵に納入。インドネシアでは、酒類の入手が難しいので、持込に寛容です。

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東南アジアのとがり顎にDiorのお土産を渡します。どうやら私が買ったのは伝統的なEau De Toilletでしたが、ご希望は新バージョンのEau Fraicheだったようで、少し怪訝そうな顔をしています。「銘柄の別、株数、売買の別、値段。これは注文の基本4か条だから!」などと説教しても誰も笑ってくれそうも無いので心でつぶやきました。

1年ぶりのジャカルタ、友人と遊蔵の女の子に、長く伸びすぎた髪の毛をつっこまれますw 長い髪の毛は女性に評判悪いですよね。私のあだ名は、
ハゲ坊主->
モーツァルト(長い髪の毛で毛先が巻いていたため)->
ライオン(縮毛矯正後の毛先がまっすぐで、最近伸びてきた根元がカールしているため)
に変化しており、ライオン君で頑張ってますw 辮髪、愛新覚羅溥儀まで伸ばしたい気持ちもあるものの、その途中の過程で、「宗教家」っぽい怪しい髪の毛になりそうなので、肩のちょい下くらいまでで止めましょう。

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ジャカルタ、スカルノハッタ空港着。シンガポールからわずか2時間。時差がシンガポールと1時間、日本とは2時間あります。空港から信頼のブルーバードタクシーで、Blok Mから徒歩15分の秘密の潜伏場所まで、140,000IDR+高速代13,500IDRなので、色をつけて180,000IDRほど渡しておきました。

リアルジャカルタ パサールの前
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日本ではなじみの薄いグロスミッチェル種、フィリピンのキャベンディッシュ・バナナと違いが分かりますか?
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すごい通りです。メインストリートからのわき道、幅わずかに4~5mくらい道ですが、車と人が激しく行き交い、違法駐車の車があったりすると、すぐに渋滞して人も通れないような状態になります。両脇に野菜を売っている屋台がズラッと並び、野菜くずを道路に捨てているので、蝿が飛んでいます。ジャカルタの定番、道の脇で臭いを放つドブ。来たナー、ザ・ジャカルタ、これぞインドネシアのエマージングのかほりです! ホテルムリア(ジャカルタ)、バリ? ビンタン? そんなもんはインドネシアじゃねぇ!

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