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果たしてもう長く待つことはなかった。突然真鍮のラッパの鋭い音が響くと、それを合図に皇帝のポディウムの正面に格子が開いて、ベスティアリウス(猛獣使)の叫びの中をアレナに向って怪物のようなゲルマニアの水牛が頭の上に女の裸体を乗せて現れた。「リギア。リギア。」とヴィニキウスは叫んだ。そうしてその瞬間にペトロニウスが頭にトガを被せてくれたことさえ感じなかった。死か痛みに眼が覆われたような気がしたのである。見ようともしないし見えなくもあった。口はただ気が違ったように「信じています。信じています。信じています。」と繰り返した。

ふと円形競技場は静まった。アウグスタニが一人の人のように席から立ち上がったのは、アレナに何か並外れたことが起こったからである。というのは慎ましやかに死を覚悟していたこのリギイ族の男は、荒々しい獣の角にかかっている自分の王女を見ると激しい火で燃えるように奮い立ち、背を曲げたと思うと荒れ狂う野獣のほうへ斜めになったまま走り出した。みんなの胸から短い驚きの叫びが発し、やがて重々しい静けさが続いた。すると瞬く間にリギイ族の男は荒れ狂う牛に飛びかかってその角を掴んだ。「御覧」とペトロニウスは叫んで、ヴィニキウスの頭からトガをひったくった。ヴィニキウスは立ち上がり、麻布のように青い顔を後ろに反らせて、ガラスのような意識のない眼でアレナを眺め始めた。全ての人の胸は息を止めた。人々は自分の眼を信じようとしなかった。ローマがローマになって以来これに似たものを見たことが無い。

リギイ族の男が荒々しい野獣の角を捉まえていた。その足は踝の上まで砂の中に沈み、背中は張り切った弓のように曲がり、頭は肩の間に隠れ、腕の筋肉は盛り上がって、その厭力のために皮がほとんどはじけそうになったが、牛をその場所に押し付けていた。人も獣もそのまま動かずいたので、見ている人々にはヘルクレスやテセウスの働きを現す書か、石に刻んだ群像を見ている気がした。しかしその一見平静な中に、互いに戦っている2つの力の恐ろしい緊張を知る事ができた。水牛も人間も同様に足を砂の中に没し、その黒い毛のふさふさした体は曲がって巨大な球に似ていた。どっちが早く力が尽き、どっちが先に倒れるか、これこそ、格闘を愛好する見物人にとってはこの瞬間に、自分自身の運命よりもローマ全体よりもローマの世界支配よりも重大な意義を持つ問いであった。皇帝自身もやはり立ち上がった。「このクロトン殺しには我々が選んでやった水牛を殺させたいものだ」

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> クリスト教徒が幽閉されていた「臭い窟」

エスクィリヌスの牢獄は、火災を阻止するために家々の穴蔵を利用して急に作ったもので、なるほどカピトリウムの横にある古いトゥリアヌム程恐ろしくは無かったが、その代わり百倍も厳重に警備されていた。ヴィニキウスもはやはりリギアを救い出せるかどうかという希望を失っていた。今となってはクリストにしかそれができない。若いトリブヌスは既にただ、牢獄で一目会いたいということしか考えていなかった。「臭い窟」の監督の声が聞こえた。「今日は死体はいくつある。」牢番は答えた「123人だな。しかし朝までにはもっと出る。あすこの陰では何人か死にかけて咽喉を鳴らしている。」そういって牢番は、女どもが少しでも長く死んだ子供を手元においてできるだけ「臭い窟」にやるまいと隠すことに苦情を言い始めた。このままでもやりきれないここの空気が一層臭くなるから、まず臭いで死体を嗅ぎ分けなければならない。「死体をすぐに運び出さなければいけない。疫病は一番死体から染つる。さもないと死んじまうよ、お前達も囚人も。」

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ヴィニキウスにも現実感が戻ってきて、地下坑の中を見回し始めたが、いくら眼で探してもリギアが見つからず、その生きている間にあの人を見ることは全くできないのではないかと考えた。突然身震いをしたのは、格子の挟まった壁の穴の下にウルススの巨大な姿を見たような気がしたからである。そこでその瞬間にカンテラを吹き消してこれに近づき、こう訊いた。「ウルスス、お前か」巨人は顔を向けて、「誰です。」「私がわからないか。」と若者は訊いた。「カンテラをお消しになったのですもの、どうしてわかりましょう。」しかしヴィニキウスはその時、壁の傍らに外套を敷いて臥せているリギアを見定めたのでもう一言も言わずその傍らに跪いた。ヴィニキウスは跪きながら涙越しにリギアを見詰めた。暗かったけれども見分けることのできたリギアの顔はアラパステルのように青く思われ、腕は痩せ細っていた。「マルクス、私は病気です。アレナの丘かこの牢獄か、私は死ななければなりません。けれどもその前に一度お会いできるように祈っていました。こうして来てくだすった。クリストが届けてくだすった。私はあなたの妻です。」

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> 宙釣りの刑

観物はクリスト教徒同士の格闘から始まるはずとなり、その目的でクリスト教徒は格闘士の装をして、職業的な格闘士が攻撃及び防御に使うあらゆる武器を与えられた。ところがここに失望が起こった。クリスト教徒は砂の上に鎌や刺叉や槍や剣を投げ捨てるとただちに互いに抱き合い、苦悩としに対して忍耐するように励ましあった。あるものはクリスト教徒の卑屈と怯懦を非難し、或るものはクリスト教徒がわざと打ち合いを欲しないのは民衆に対する憎しみのためで雄々しい光景が普段与える喜びを自分達から奪うためだと断言した。到頭皇帝の命令によって本物の格闘士をこれに放ち、跪いている武器の無い人々を瞬く間に切り倒させた。

さて死体を片付け観物は闘技を止めて、皇帝自身の考案による成る神話的な場面の展開に変じた。そこに人々はヘラクレスがオイテの山で生き生きとした火で焼け死ぬところを見た。ヴィニキウスはそのヘラクレス役にウルススが回されるかもしれないと考えて身震いしたが、見たところ順番はまだこのリギアの忠実な僕に来てないで、薪の山では誰か別のヴィニキウスが全く知らないクリスト教徒が焼かれていた。その代わり次の場面では皇帝の命令でその上演に列席するのを逃げられなかったキロンは自分の知っている人々を見ることになった。上演されたのはダイダロスとイカロスの死であった。ダイダロスの役を勤めたのはエウリキウス即ち前にキロンに魚のしるしを教えたあの老人だった。イカロスの役を勤めたのはクァルトゥスであった。二人とも巧妙な機械仕掛けによって上に釣り上げられ、非常な高さから突然アレナに突き落とされたが、その際若いクァルトゥスは皇帝のポディウムのすぐ傍らに落ちたので、その血が外側の装飾ばかりでなく赤い布をかけた欄干にもしぶきかかった。キロンは眼を瞑っていたのでその墜落は見ず、ただ体の重々しい音を聞いただけであるが、やがて自分のすぐ傍らの血を見るともう少しで再び気絶しそうになった。

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> 猛獣、犬に食われるクリスト教徒

さてプラエフェクトゥスは合図をした。するとさっき格闘士を死の場に呼び出したカロンのなりをしている同じ老人がゆっくりとした足取りでアレナを横切り、重苦しい沈黙の中で又三度槌で扉を叩いた。円形競技場全体に呟きが起こった。「クリスト教徒だ。クリスト教徒だ。」鉄の格子が上がって、真っ暗な入り口からマスティゴフォルスの例の「砂場へ」という叫びが聞こえ、一瞬間にアレナには毛皮に覆われたシルヴァヌス(森の精)のような人の群が入ってきた。そのすべてのものは幾らか速く熱を帯びたように走ってきたが、円形の中心まで来ると、列んで躓き手を上に挙げた。民衆はそれが憐れみを乞うしるしだと考えたので、こんな卑怯な態度に憤激して足踏みを始め、口笛を吹き、空になった酒器や噛った後の骨を投げて、「獣を出せ、獣を出せ。」と怒鳴った。すると突然思いもかけないことが起こった。見ると毛皮を着た群の間から歌を歌う声が揚がり、まさにその時ローマの円形競技場で始めて聞く歌が鳴り響いた。「クリストゥス レグナト(クリストは支配し給う)」

そこで驚きが群集を襲った。罪人がヴェラリウムの方に目を挙げて、歌を歌っているのである。そこに見られる顔は青ざめてはいたが、霊感に充たされたようであった。この人々は憐みを求めているのではなく、円形競技場の民衆も元老院議員も皇帝も目に入らない風をしているのだと分かった。「クリストゥス レグナト」という声がますます高くなると、座席では遥か上のほうの見物人の列の間まで、何事が起こったのか、又死ぬはずになっているこれらの人々の口に王として讃えられる「クリスト」とは何者であるかと言う問いを抱くものがでてきた。その時新しい格子が開いて、アレナには荒々しく走って吠える一群の犬が出てきた

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アフリカではティゲリヌスの要求によって、その地方の住民全体が参加しなければならない大掛かりな狩が行われた。アジアから象と虎、ナイル河から鰐や河馬、アトラス山脈から獅子、ピレネ山脈から狼と熊、ヒベルニア(今のアイルランド)から猛犬、エピルスからはモロッソイ犬、ゲルマニアからは水牛と巨大で獰猛な野牛が送られた。収監された人の数が多いので、今度の競技は大きさの面でも今まで見られた全ての競技を凌ぐ筈であった。皇帝は火災の思い出を血の中に浸しローマを血で充たそうと望んでいたのであるから、流血も今までこれ以上華々しいものは提供されたことはない。陽気になってきた民衆は、ヴィギリア(夜警)やプラエトリア兵の手筈をしてクリスト教徒を狩り出した。それが困難な仕事でなかったと言うのは、クリスト教徒の大群が尚庭園の中で他の民衆と一緒に宿営していて、公然と自分達の信仰を告白していたからである。包囲されると跪いて歌を歌いながら反抗せずに捕縛した。民衆にはクリスト教徒の落着きの源がわからないので、それを頑迷と考え罪悪を固執するものと見た。

そこで民衆はプラエトリア兵の手からクリスト教徒を奪って自分たちの手で八つ裂きにしそうな形勢になった。女の髪を捉まえて牢獄まで引き摺ったり、子供の頭の敷石に打ちつけたりした。夜になると、人々の雷のような唸声が聞かれ、それが全市に響き渡った。方々の牢獄は何千という人で満ち溢れたが、それでも毎日民衆とプラエトリア兵は新しい犠牲を引っ張ってきた。憐憫の念は消えてしまった。人間が言葉を忘れ、物凄い狂乱の中にただ「クリスト教徒を獅子に食わせろ」という一つの叫びしかおぼえていない有様であった。

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ティゲリヌスはプラエトリア兵の全部隊を集めてから、近付いてくる皇帝に矢継ぎ早に飛脚を送り、火災がますます激しくなっているから観物の豪華さは申し分ないと報告した。しかしネロは、滅びていく都の光景を堪能するために夜になってから来たいと思っていた。その目的からアクァアルバナ(水道の名)の附近で泊まり、テントに悲劇役者のアリトゥルスを招き入れ、その助けを借りて姿や顔や目付を整え、それに応ずる動作を学び、これと激しく意見を交わして「おお、神聖なる町よ、イダ(トロヤの南方の山)よりも強固と見ゆるに。」という言葉の所で、両手を上に差し伸べたものか、それとも片手に琴を取ってその手を脇に垂れ、もう一つの手だけ挙げたものかと議論した。しかもこの問題がこの瞬間にあらゆるほかのことよりも重要だと考えていた。結局、薄暮に発足したが、尚ペトロニウスの意見を徴して、災害に捧げられる詩句の中に神々に対する非難の語をいくつ加えるか、それとも芸術の立場から考えてそういう言葉はこういう祖国を失った人の口にひとりでに出てこなければならないものかを語った。

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プラエトル軍の主力は兵営に待機して都内を警戒しその秩序を保っていた。それが通り過ぎると列になったネロの虎と獅子が見えた。ネロはディオニュソスを真似る気になると直ぐこれを旅行の車につけるためである。奴隷や少年の品の良い一隊が続き、最後に皇帝自身が近づいたことは遠くから民衆の叫声で知られた。その群集の中には、一生に一度は皇帝を見たいと思っている使徒のペテロも居た。その供をしたのは厚いヴェールに顔を隠しているリギアと、慎みのない厚顔ましい群衆の真中でこの少女のために最も確かな保護をするだけの力を持つウルススとである。

そこへ皇帝がやって来た。皇帝は黄金の金具のあるイドゥマヤ(パレスチナの南部死海の西に当る山地)産の白馬6頭に牽かせたテントの格好の車に乗っていた。テントの格好をしていると云っても、その車は両側がわざと開いて、群衆に皇帝が見えるようにしてあった。そこには幾人が乗れる場所があったが、ネロは人の注意が主として自分に集まるようにしたかったので、都内を通る時は一人だけで乗り、ただ足下に奇形の異人を二人置いた。着物は白いトゥニカに紫水晶色のトガを重ね、トガはその顔に青みがかった光を投げていた。頭には月桂冠を戴いた。ネアポリスに出掛けた頃から見ると著しく肥った。顔が幅が広くなり下顎は二重になって垂れているために、元来鼻に近すぎる唇は今では鼻の孔のすぐ下についているように見えた。太い顎はいつものように絹の布で巻き、それを絶えず直している白い脂ぎった手には、関節のところに赤みがかった毛が生えて、まるで血のしみのようになっていたが、そえをエピトラル(毛を抜く人)に抜かせなかったのは、そうすると指が慄えて琴が弾けなくなると言われたからである。顔にはいつものように涯しのない虚栄心と疲労や退屈と一緒になって現れていた。一般に言うとその顔は恐ろしいと同時に道化じみていた。

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キロンはもうすっかり安心したので立ち上り、壁にかかっているランプを一つ取った。ところがその際、頭巾が頭から外れて、光がキロンの顔に真正面からあたると、グラウクスは腰掛から飛び上がって速やかに近寄り、その前に立ち止まって訊いた。『私を覚えてないか、ケファス。』その声には何か非常に恐ろしいものが籠っていたので、居合わせた人々はみんなぞっとした。キロンは、ランプを持ちあげたが、その瞬間にこれに地面に落とし、やがて身を二つに折って溜息をついた。「私ではない…私ではない…御免なさい」しかしグラウクスは長老たちの方を向いて云った。『これが私と家族を売って破滅させた男です…』この男の話はあらゆるクリスト教徒にもヴィニキウスにも知れていた。ただヴィニキウスは包帯をされた時痛みのために絶えず失神していてグラウクスという名前を聞かなかったので、そのグラウクスが誰だか推測できずにいた。しかしウルススにとっては、グラウクスの言葉と結びついて、その瞬間暗闇の中で電光のように速やかであった。それがキロンだとわかると、一っ飛びにその前に出て腕を捕まえ、後ろに廻し、こう叫んだ。「これが私にグラウクスを殺せとそそのかした男です」「ごめんなさい」キロンは歎いた。「お返しします」と叫んで、顔をヴィニキウスのほうに向け「助けてください。ご信頼申し上げておりました。私を守ってください。…お手紙は…持ってまいります。どうぞ、どうぞ…」

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平地には間もなくおびただしい数の群衆が集まった。角燈は目の届くかぎりまたたき会っていたが、そこへ来た者の多くはともしびをすっかり消していた。頭をあらわに見せている者はごくわずかで、すっぽり頭巾をかぶっている。終わりまでこのままだとすると、この群衆と暗さではリギアを見分けることはできそうもない。そう思うと若い貴族は気が気でなかった。しかし突然、地下墓地のすぐ近くに小高く積み上げた幾本かの樹脂のたいまつに火がともされて、あたりは前よりも明るくなった。群衆は何か不思議な聖歌を歌い始めた。歌声ははじめは低かったが、そのうちしだいに高くなっていった。ウィニキウスはいままで一度もこのような歌を聞いたことが無かった。墓地に来る途中で一緒になった人々がめいめい口ずさんでいた歌を聞いた時既にウィニキウスの心を打ったあの憧れが、今聞くこの聖歌の中にも響いていた。ただそれは前よりも遥かに力強く、はっきりしていて、あたり一面がこの人々ともに憧れはじめたかと思われるほど大きな、感動的な響きとなった。空に向けられた人々の顔はあたかも遥か高みの何者かを認めているようであり、両手はあたかもその何者かの降臨を求めているかのようであった。ウィニキウスは小アジアでも、エジプトでも、このローマでも、趣きの違う多くの神殿を見、多くの信仰を知り、多くの歌を聞いたが、歌によって神を呼び求める人々、それもある決まった儀式としてでなく、子供が父や母に対して抱くような純粋な憧れかrあ、心をむなしくして紙を呼び求める人々を見るのがこれがはじめてであった。

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リギアの考えはこうであった。私がどこにいるかということはアウルス一家には決して知らせない。ポンポニアにすら知らせない。ただ、逃げるのはウィニキウスの家へ行ってからではなく、途中からにする。ウィニキウスは酒に酔って、夕方奴隷を迎えに寄こすとはっきり言った。おそらくウィニキウスは自分一人にしろ、ペトロニウスと二人でにしろ、とにかくあの宴会の前に皇帝に会って、私を明日の夕方引き渡すという約束を得たものと思われる。ウィニキウスは今日は忘れていても明日は迎えをよこすだろう。しかしウルススが救ってくれる。ウルススが来て、食堂から連れ出したように、私を籠から出して、人々の中へ連れ去ってくれるだろう。ウルススに手向かいのできる者は一人も居ないはずだ。ゆうべ食堂で戦ったあの恐ろしい剣闘士だとってウルススには歯が立たないだろう。しかし事によるとウィニキウスは大勢の奴隷を送ってよこすかもしれないから、ウルススをすぐにリヌス司教様のところへ遣って相談させ、助けを求めさせよう。司教様は私を憐れんで、私をウィニキウスの手にお渡しにならず、ウルススと一緒に私を救えとキリスト教徒たちにお命じになるだろう。キリスト教徒たちは私を奪って連れ去ってくれる。その後はウルススがうまく私を都から連れ出して、どこかローマの権力の及ばない場所に隠してくれるだろう。

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ペトロニウス「いったいその女は砂の上に何を書いたのかね。アモルの名ではないのか。アモルの矢のささった心臓ではないのか。それともそれを見ればサテュロスどもがそのニンフの耳にもういろんな秘密をささやいたことがわかる何かのしるしではないのか。まさかそのしるしを見なかったわけではあるまいな。」
ウィキニウス「そのしるしはよく見ておきました。ギリシアでもローマでも、娘たちが口にはしたくない告白をよく砂の上に書くことぐらいは、わたしにだって、わかっていますからね・・・。」
ペトロニウス「さっき言ったのと違うものだとすれば、俺には見当もつかないな」
ウィキニウス「魚です」

> ローマから見た新興宗教としてのキリスト教観を知りたいと思って読んでみた。クオ・ヴァディスの物語の骨子に焦点が当たっていないため多少抜粋が読みにくいと思われるが、キリスト教勃興時の様子を記述した部分だけを抜き出していると思ってくれて良い。ローマの宮廷内のアグリッピナの謀略という週刊誌的ゴシップを期待してこの本を買ったのだが、残念ながらアグリッピナは既に死んでいるところから物語は始まる。

登場人物
ウィニキウス:主人公。リギアに恋する青年
ペトロニウス:ウィキニウスの叔父。ネロの側近
リギア:リギ族の女。無用の人質としてローマにいるキリスト教徒。
アウルス・プラウティウス:リギアの養父。元将軍。
ポンポニア・グラエキナ:リギアの養母。キリスト教徒。

リギア・イメージ図
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私が好きなElizaveta Boyarskayaですが、ロシア・ポーランド系。リギアが、スラブ系ポーランドのリギ(ルギイ)族ってーとこんな感じの顔してたんでしょうかね?

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兄弟らエジプトへ (42)

ヤコブはエジプトに穀物があることを知り、その息子たちに言った、「何故お前たちは手をこまねいて互いに顔を見合わせているのか。私の聞く所ではエジプトには穀物があるということだ。エジプトに下って、我々のために穀物を買っておいで。」 ヨセフの兄弟10人は穀物を買うためにエジプトに下っていった。それはカナンの地に飢饉が臨んだからである。ヨセフの兄弟は顔に地をつけてヨセフに礼をした。ヨセフはその兄弟たちを見て、ただちにそれと気付いたが、彼らに対してそしらぬ風を装い、
激しい言葉で彼らに語った。「お前たちは一体何処から来たのだ」 
彼らは「食糧を買うためにカナンの地から参りました。」 
ヨセフは彼の見た夢を思い出し「お前たちはスパイだ、きっとこの国の様子を窺いにやってきたのだろう。」 
「僕どもは12人兄弟でして、一番下の弟(ヨセフの弟ベニヤミン)は今父の所におります。今一人はもうこの世に居りません。」 
お前たちの一番下の弟をここへ連れて来るまでは、お前たちはここから国へ帰さないぞ。お前たち兄弟の中の一人が獄に残って、お前たちは家族の飢餓を救うために穀物を持ち帰るがよい。そして一番下の弟を私の所に連れてくるのだ。」
彼らは互いに言った「我々は弟のことで悪いことをしたものだよ。弟がいためつけられて我々に哀れみを乞うのを見ながら、それを聞こうともしなかったのだからな。だからこんな目にあうのだ。」
ルベンが答えて言った「だから私があの子に悪いことをしてはいけないと言ったではないか。しかし君たちは聞かなかった。今あの子の血の報いを要求されているのだ。」
彼らはヨセフが聞いているとは知らなかった。というのは、彼らの間では通訳を用いていたからである。ヨセフは彼らの所から離れて行って泣いた。ヨセフは彼らの入れ物に穀物を満たすことを部下に命じ、また彼らの出した銀を一人ひとりの袋に返すことと、その旅の食糧を与えることとを命じた。

ヤコブは「お前たちは次々に私の子を取ってしまう。ヨセフはもう居ない。シメオンも居なくなった。そしてベニヤミンまでも取ろうとする。その重荷がみな私に身にかかってくるのだ。」

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ベテル (35-1~15)

神がヤコブに言われるには「たって、ベテルに上り、そこに住み、またそこに君が兄エサウを避けて逃げた時、現れ給うた神に、祭壇を作りなさい」と。ヤコブはともにいた全ての人々と一緒にカナンの地のルズすなわちベテルにキタ。ヤコブはそこに祭壇を築き、その場所を「神の家」(ベースエール)と名づけた。何故ならかつて彼が兄の顔を避けて逃れた時、神がその場所で彼に現れ給うたからである。そこでリベカの乳母のデボラが死んだのでベテルの下手の大木の下に葬られた。それゆえそれを歎きの大木と呼んだ。バッダン・アラムから帰ってきたヤコブに再び神が現れ、ヤコブを祝福し、彼に言われた。「君の名はもうヤコブと呼ばないでイスラエルと言いなさい。」


ヨセフ、エジプトへ来る (37)

イスラエルはヨセフが年寄子なので子供たちの誰よりも一番彼を愛し、彼のために飾りのついた上衣を作ってやった。兄弟たちは、その父が子の中で一番ヨセフを愛しているのを見て、ヨセフを憎み、穏やかに彼に口を利くことすらしなかった。兄弟たちは遠くからヨセフがやってくるのを見て、まだ彼らに近づく前にヨセフを殺してしまおうと相談した。ユダがそれを聞いてヨセフを彼らの手から救い出そうとした。「弟を殺してその血を覆い隠すようなことをしたところで、何の得にもならない。ヨセフをあのイシマエル人たちに売ろう。ヨセフに手を加えてはいけない。我々の肉親の弟ではないか。」 そこで兄弟たちもユダに同意した。ミデヤン人の商人たちが通りかかった。彼らは穴からヨセフを引き上げ、銀20枚でイシマエル人に売ったのでイシマエル人はヨセフをエジプトに連れて行った。兄弟たちはヨセフの上衣をとり、牡山羊を殺してその血にその上衣をひたした。父はそれを認めて言った、「これは我が子の上衣だ。猛獣が食い殺したのだ。」 ヨセフのためにその父は歎いた。

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洪水の後残されたノアの子供たち、セムの末裔がアブラム。

アブラムの放浪 (12-1~9)

ヤハウェがアブラムに言われた、「さあ、君の国、君の親族、君の父の家を離れて、私が君に示す国へ行きなさい。私は君を一つの大きな民にしよう。私は君を祝福し、君の名前を高めよう。君自身が祝福の基になれ。私は君を祝福する者を祝福する。君を呪う者を私は呪う。地の全ての種族は君によって祝福されるだろう。」

アダム->ノア->アブラムと旧約聖書の主人公が移行している。神の啓示ですかな。

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1章2章は天地万物の創造の記事であるが、1章2節~2章4節前半 と 2章4節後半~2章25節の両部分に別れ、前の部分が祭司資料、他の部分がヤハウェ資料であることは用語、思想その他から明瞭である。

祭司資料の創造記 (1-1~2-4前半)

1章1節と2章の関係は問題で種々の読み方があるが、我々は一応次のように解する。すなわち1節は表題的意味のもので、2節で創造の仕事が始まり、創造の素材である混沌たる「原始の海」そのものが何処から来たかは触れてない者と見るべきである。(この「原始の海」の原語がバビロニアの創造神話における「混沌の怪物」と関連することは周知のことであるが、ここではかかる宗教史的関連は考察の外におく)。いわゆる無からの創造なとどいう問題をここで持ち出すべきではない。祭司資料は無と有の対立としてではなく、混沌と秩序の対立から創造を考えている。2章2節で「7日目に完了し、7日目に休まれた」というのがおかしいのでギリシア訳、シリア訳、サマリヤ五書等はより合理的に「6日目に完了し」と変える。しかし神の安息こそ創造の完成である!7日目の「神の安息」は直接いわゆる安息日の設定を意味するものではない。しかし捕囚期以後祭司階級の間で特に重んぜられるに至った安息日の制度はすでに創造の昔天に原型があったと見るもので、この1-1~2-4の創造記が祭司資料から由来することの有力な理由の一つである。その他この7日にきちんと分けたこの創造記はその「言による創造」、その他の点から見て思想上4節後半以下の第2の創造記より後代のものたることは明らかであろう。

ヤハウェ資料の創造記 (2-4後半~25)

2章3章にだけ「ヤハウェ神」とあり、4章以下のヤハウェ資料においては「ヤハウェ」とだけである理由は必ずしも分からない。元来ヤハウェとだけあったのに、祭司資料の創造記と一緒にされて、「神」が加えられたか。「ヤハウェ」は歴史的に見れば恐らくモーセ以後知られるに至ったイスラエル人の神の名。7節 「土くれ」「塵」の意味にとるべき場合もあるが明らかに「土」の意のことがある。「地」は「アダーマー」、「人」は「アーダーム」で関連する。8章の「エデン」は同じ語がヘブライ語では「喜び」の意を持つが、アッカド語edinuの荒野の原意のほうが強く、パレスチナから見て東のシリヤ砂漠あたりを元来の楽園のあったところと考えているらしい。「楽園」(パラダイス)は70人訳のこの箇所で「園」の訳に用いられた言葉。元来はペルシア語。

七十人訳聖書 ヘブライ語聖典をギリシア語に翻訳したもの
四資料説 旧約聖書編集以前、ヤハウェ資料、エロヒム資料、申命記資料、司祭資料があったと言われている

ハァハァ、常識が無さ過ぎて読むのが疲れます・・・。

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浅いな・・・この本。絵が好きな人は良いかもしれないが、オタク度に欠ける。

バルカン半島は山がちで平野が少ない。広い荒野を駆け巡って大きな統一国家を作るには適さない。ポリスと呼ばれる小さな都市国家が隔離に散って勢力をきそっていたのは一つにはこういう地形と関わっていただろう。アテネ、スパルタ、ミケーネ、テーベ、コリントス、今日風に言えば都市と呼んでよいような集合体が一応国家の体をなして機能していた。こうした多くの都市国家が「同じヘラスの民ではないか」と・・・つまり同じ民族であることを強調して集まった時、それがギリシャと呼ばれる国家となる。歴史的にはギリシャ人は自らのことをヘラスあるいはヘレネスと呼び、この傾向は現代でも十分に残っている。早い話、国名だってヘレネ共和国とでも訳すべき形が正式名である。

ギリシャ共和国(ギリシャきょうわこく、ギリシャ語: Ελληνική Δημοκρατία, 英語: Hellenic Republic)

本当だ・・・それっぽい。

地図くらい載せておくか…
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私のギリシャ神話私のギリシャ神話
阿刀田 高

日本放送出版協会 2000-01
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17ページ (目次などをのぞくと事実上の1ページ目だ)
古代オリンピックは、最高位に立つゼウスにこそ捧げられた祭典であった。その名も、ゼウスの神殿があるオリュンポス山に因んでいる。

違う・・・。オリンピックの名は、オリュンポス山ではなく、ゼウスの聖地オリュンピアだ!
やはりタイトルからしてチャラチャラしている感じはあったのだが、要はこういうクオリティで、浅く広く書かれている本だということがわかる。

「大人用の本だが、このように少し勘違いをして書かれている本もあるということだ。軽く読んでみるかね?」 父は、本を片手に微笑んだ。息子は本を手に取り、「このくらいの漢字なら読める。絵が多いし、一つ一つの話が短いね。」とオタク親子は、内容の希薄さに怪訝そうな顔をしている。

北欧神話

原典は「古エッダ」と「新エッダ」の2種類が残されていて、「古エッダ」とは9世紀から12世紀の間に作られた、古歌謡29篇を中心に構成され、長い間にわたって集められたものであるから特定の作者がいない。「新エッダ」とは別名「散文エッダ」といい、13世紀アイスランドの歴史家で政治家でもあったスノッリ・ストゥルルソン(1179~1241)が詩人たちのためにゲルマン神話解説書として編纂したものである。

ユミル ~北欧神話の創世記

古エッダには世界の始まりには大地もなければ天もなく、ただギンヌンガガプがあるばかりであった。ギンヌンガガプとは火の領域と寒冷の領域の間に存在している大きく口を開けている空虚のことである。ユミルはギンヌンガガプにある氷の塊が溶けた水滴から生まれたとされている。ユミルの脇の汗から次々と巨人族が生まれ、すべての霜の巨人族の祖先となる。いっぽう、牝牛アウズフムラが塩辛い霜の石を舐め、人の形になるとそれは最初の神ブーリとなった。ブーリは息子ボルをもうけ、そのボルが巨人族の女との間に生んだが、オーディン、ヴィリ、ヴェーの産兄弟である。ユミルは巨人族を増やし暴虐をほしいままにしていたが、オーディンを筆頭とする3兄弟は、そのことが疎ましくなり、ユミル殺しを決行する。ユミルが死ぬと血が大洪水となり、ほとんどの霜の巨人族は溺れ死ぬがユミルの孫のベルゲルミルとその妻だけは助かりのちに巨人族の復興を果たすことになる。またオーディンたちはユミルの死体をギンヌンガガプに捨てたがそうするとユミルの肉は大地に、骨は山に血は川や湖や海に、脳は雲に、頭蓋骨は空に、そして睫は人間の世界ミズガルズになったという。

インド神話

数千に及ぶ神の名前があり、それらのうちのある神とある紙が同一の神であるとされることもある。またそうではなく、違う神であるという異説もある。このような混沌こそがインド神話の最大の特徴なのである。そもそもインドは紀元前3000年ごろ、インダス文明が栄えた地であった。そこには独自の信仰があり、神々がいたが、現在それらの神々は当時の姿では残っていない。紀元前2000年ごろから中央アジアより進行してきたアーリア人によってインダス文明は滅ぼされたからである。このアーリア人の子孫が現代のインド人なのだが、彼らが進行していたのが天空神ディアウスやインドラ神などの神々であった。それらの存在は紀元前1500年~1200年ごろに成立した聖典「リグ・ヴェーダ」に書き記されている。天空神ディアウスはその正確も名前の語源もギリシア神話のゼウスと同一であるという説があるのは興味深い。
紀元前900-700年ごろ司祭階級であるバラモンが支配力を強め、古ウパニシャッド文献が編まれ、宇宙創造した最高神とされたのがブラフマーであった。紀元前500年ごろから仏教やジャイナ教などの宗教がインドに発生する。インドの2大叙事詩と呼ばれているのが「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」だ。その中で重要視されたのがヴィシュヌとシヴァである。ここまで眺めてきたすべての神々を包括する形で紀元前2世紀からヒンドゥー教が形成されインド神話は完成を見る。

ハヌマーン 風の神ヴァーユの息子であり、サルの王スグリーヴァの使いである猿神ハヌマーンは並外れた俊敏さと空を飛び、姿や大きさを変える能力を持っている。ハヌマーンの物語は叙事詩「ラーマーヤナ」で知ることができる。このハヌマーンの神話が中国に伝わって、孫悟空の活躍する「西遊記」が生まれた。

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オデュッセウスがトロイアへ出征した時、ペネロペイアは若々しい新妻であり、その胸には生まれたばかりの男児(テレマコス)が抱かれていた。その時から10年間も戦争が続き、やっと終わったので夫の帰還を期待していたのだが、いつまでも夫の消息は不明であった。そしてトロイア陥落から数えてももう10年目になっていた。世間の人たちはもうオデュッセウスの帰還の可能性はないものと考え始めていた。それで数年前からイタケ島および近隣の島々の豪族の息子たちが、多数この王妃のところへ求婚してきていた。その求婚の仕方はまったく異常で無茶なものであった。かれらは毎日オデュッセウスの王宮に集まって、王宮の家畜を持ってこさせて、勝手に殺して料理し、酒宴を開き、夜が来て飲食に飽きると、各々の家に帰っていくのである。豊かだった王家の財産もこれではやがて蕩尽されてしまうだろう。ペネロペイアがこれら求婚者の中から適当に選んで再婚すれば時代は解決するはずであったが、夫がどれほど立派な男であったかを思えば、どうしても未練が残る。

オデュッセウスの帰国

女神アテネは求婚者たちの横暴を説明し、忍耐強く慎重に行動して復讐を果たすようにと忠告し、オデュッセウスをみすぼらしい乞食の姿に変身させた。まずオデュッセウスは自分の奴隷エウマイオスの小屋を訪れる。忠僕は若い主人が無事に帰ったのを見て涙を流して喜ぶ。そして、ペネロペイアのところへ報告すべく出発する。小屋の中では乞食姿のオデュッセウスとその息子と二人きりになる。アテネ女神は一時オデュッセウスを本来の姿に反し「自分こそ、お前の父だ」と名乗らせる。この息子は父の面影を知らないはずであるが、案外に簡単に父親だと了解した。オデュッセウスは他の人々には自分の素姓を絶対に明かすなと厳しく注意する。なにゆえに自分の息子だけをはじめから信用してかかり、他方では昔から熟知している人々を疑ってかかるのか、その点は不可解である。

求婚者たちはテレマコスの帰国を待ち伏せていたのに、その見張りの目を逃れて彼が帰国してしまったことに気付いた。アンティノオスは改めてテレマコスを暗殺するように提案した。ペネロペイアはこの計画を漏れ聞き求婚者たちの前に勇敢にも姿を現し、アンティノオスを厳しく非難する。エウリュマコスはペネロペイアの機嫌をとったが、心中では暗殺を謀っていたようである。ペネロペイアは女神のはからいで奇妙な行動を始める。美しく化粧して、求婚者たちの間に姿を現したのである
「夫が出征する時、自分が戦死した場合には、両親や子供の世話をよろしく頼むが子供が成人したら誰か好ましい男のところへ嫁ぐように申しました。残念ながらいまはもうその時がきたようです。求婚する人は贈り物を持ってくるのが通例だのに、逆に自分の家の財産を蕩尽されているのは、私の心痛です」
するとアンティノオスは全員で贈り物をしようと提案し、求婚者たち各々が贈り物を持ってきた。ペネロペイアの行動を見てオデュッセウスは喜んだ。その理由は彼女が巧みに財産を集め、しかも本心では求婚を望んでいないのだから、と詩人は説明している。

オデュッセウスは妻との再会にて、妻にさえ身を明かさず、なおも妻を試そうとしているのである。これは慎重さの程度を越えて悪意だとさえ感じられる。翌日、ペネロペイアは弓競技に優勝した人と結婚すると宣言した。求婚者の誰も弓に弦を張ることさえできなかった。そのとき乞食姿のオデュッセウスが自分にも弓を試みさせてほしいと申し出る。求婚者たちは激しく反対したが、ペンロペイアやテレマコスがそれを制止した。彼は簡単に弦を張り、12個の斧を射とおしてしまう。それから弓を求婚者たちに向けて彼らを射殺し始めるのである。激戦の末に仇討を果たした。

ペネロペイアは弓競技の後、女神アテネのはからいで眠っていたため、これら大事件のことを知らなかった。老女が一部始終を知らせたがペネロペイアは夫が帰国したのではなく、神がかれらを罰して殺したのだろうと反対する。老女は脚の傷跡のことを言ったが、それでも信じない。今度は彼女の方が相手を試す番であった。オデュッセウスは怒って「自分は一人で床に就くから、寝床の用意をして欲しい」と老女に頼む。そこでペネロペイアは「この家の主人が自分で作った寝台を運び出してやりなさい」と命じた。「自分が作った寝台は絶対に動かせないはずだが」
この寝台はオデュッセウスが秘密裡に作ったもので動かせないようになっていたのである。この男は寝台の秘密を知っている。たしかに自分の夫なのだ。ペネロペイアは泣いて飛び立ち夫の頸に両手をかけて接吻した。


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オデュッセイアが成立した前後の、ギリシア人の西方への進出について、簡単に述べておこう。紀元前8世紀中頃から2世紀間は、ギリシア人の植民活動の時代であり、西方にも多くの植民市が建設された。たとえば、シケリア(シチリア)島のシュラクサイは734年に建設され、マッサリア(今日のマルセイユ)は600年に建設されている。「オデュッセイア」が成立したのは、この植民時代の初期の頃であったであろう。ヘロドトス(「歴史」第4巻152)によれば、サモス島の商人コライオスは、エジプトへ航行する途中で大嵐に遭い漂流して、はからずも「ヘラクレスの柱」(ジブラルタル海峡)を越えて、タルテッソスへ到着した。これは今日のスペイン南西部に当たり、古くから通商の要地であったらしい。そこからコライオスは多量の銀を積んで帰ったため、長者として有名になったという。この事件は紀元前638年頃のことと考えられるが、その頃でも西方への航海がきわめてまれであったことを示している。

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ロートス常食人 ペロポネソス南端のマレイア岬を越えて、西部地中海へ入りこむのであるが、その最初の漂流地「ロートス常食人」の国の位置については、古代から現代までの意見が一致している。すなわち、アフリカの北岸チュニジアの辺りである。

キュクロプスの国 シケリア(シチリア)ということが古代以来の支配的な意見である。すでにツキュティデスがこの島の最古の伝説的住民として、キュクロプスたちとライストリュゴネス人とを挙げている。

アイオロスの島 風神アイオロスの浮島へ漂着するが、これこそまったく空想的な島であろう。

キルケの島 ラティウムのケルケイの岬をその地だと比定していた。この比定では島が岬にされてしまっているのである。

メッシナ海峡 カリュプディスとスキュレとに挟まれた海峡は、潮流が規則的に渦巻く難所だとされている。このような海峡は地中海では、ただ一つメッシナ海峡(イタリア半島のシチリア島の間)があるのみである。

日輪の神の島 ヘリオス(日輪の神)の領地トリナキエ島へ着くが、これは古代では一般にシケリア島だとされていた。しかし、この島にはヘリオス神の家畜以外には食物がなかったらしいから小さな無人島であり、それゆえ実際のシケリアではあり得ない。つぎの漂着地、カリュプソの住むオギュギエ島は、海の真ん中にあり絶海の孤島だとされている。ベラールはジブラルタル海峡のアフリカ岸に比定している。

パイエケス人の島 ケルキュラ、今日のコルフ島。しかしこの島はまったく空想的な色調を帯びているから、それを実際にケルキュラと比定してみてもあまり意味がない。

イタケ島 古典期にも同名の島があったが、「オデュッセイア」に記されたイタケ島の位置や地形は漠然としており、しかも古典期のイタケ島とかならずしも合致していないのである。古典期のイタケ島はコリントス湾の出口に近い小さな島であるが、ドイツの学者デルベルトは、その北のレウカス島こそがホメロスのイタケ島だと主張した。今日では古典期のイタケがホメロスのイタケにほかならないという説が有力になっている。いずれにしてもホメロスは、イオニア地方の人らしいからギリシア本土の西側の地理には精通していなかったらしい。



オデュッセウスは女神カリュプソの住む島に既に7年間も引き留められていた。オリュムポスの神々の会議が開かれ、その議決によって、かれはカリュプソから解放される。筏を組んで海中へ乗り出すのだが、難破してパイエケス人の島へ泳ぎつく。トロイアからの帰途、最初の冒険はトラキア辺のキコネス人との戦争であった。その町を襲い、女や財宝や家畜を掠め取ったが、すぐに逆襲に遭って命からがら船で逃げ出す。流され、ペロポネソス半島の南側を越えて、地中海西部へ迷い込んでしまう。10日目に着いたところは「ロートス常食人」の国であった。ロートスというのは木の実のようなものらしいが、部下のうち3人のものが、その国の様子を探りに派遣され、この実を食べたため、帰郷の意思をを失ってしまった。

次に流れ着いたのはキュクロプスたちの国である。これは一つ目巨人である。この巨人はちっぽけな侵入者たちを発見する。何者かと問い質されて、オデュッセウスは窮状を訴えたのだが、我らキュクロプスたちは、ゼウスその他の神々など問題にしないのだと暴言を吐き、オデュッセウスの二人の部下をいきなりつかんで地面に叩きつけ、むさぼり食ってしまった。オデュッセウスは剣を抜いて、この巨人を殺そうかとも思ったが、もし殺し得たとしても入り口の大岩を除くことができないから、この洞穴の中で死ぬよりほかない。それでオデュッセウスはその計略の才能を発揮して、身長に行動することにした。オデュッセウスは丸太の末端を尖らせ、それを焼いて巨人の目を突いて潰すための準備を整える。夕方になって巨人が帰ってくるとオデュッセウスはまず葡萄酒をすすめる。巨人は上機嫌になり、オデュッセウスに名前をたずねる。すると偽って「ウーティスだ」と答える。巨人が酔って眠り込んでしまうとオデュッセウスは、あの丸太棒を持ち上げ巨人の一つしかない眼の中に突き込んでぐるぐるまわす。巨人は大声を上げて苦しみ、仲間の巨人を呼びつけた。近くに住む巨人どもが、この洞窟の入り口に集まってきて、「だれかが、腕力か計略かで、お前を殺そうとしているのか」とたずねる。この巨人は答える。「ウーティスが計略で俺を殺そうとしている」。ところが「ウーティス」という語は英語のnobodyに相当する意味なので、仲間たちは安心して帰ってしまった。

魔女神キルケ、アイアイエ島

キルケは、偵察に出た部下を魔法で豚に変えてしまった。オデュッセウスは勇敢にもただ一人で救援に行く。途中でヘルメス神に遭遇し、魔よけの草を与えられたため、キルケの魔法を逃れ、この女神を脅かすことさえできた。逆の立場に追い詰められたキルケは、オデュッセウスに対して愛欲の喜悦を共にしようと誘いかける。そこでオデュッセウスは豚にされた部下を人間に戻して貰い、この女神から1年間も歓待された。しかし最後に仲間の意見を容れて帰郷を決意し、キルケに頼んでそれを許される。キルケは親切に、今は死んで冥界にいる預言者テイレシアスを訪ね、帰国の見込みについて予言してもらうようにと忠告してくれた。

冥界への訪問

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オデュッセウスは、冥界の入口へ行くため、オケアノス(大地の周囲を流れる河)の向こう側に渡った。そこにはキムメリオイ人が住んでるが、その国土には、いつも雲が垂れこめており、太陽は照らず、夜闇がひろがっている。このような冥界の様子を語る部分、すなわち第11巻は、この詩篇中でも異色の部分であり、たとえば日本の地獄絵ほどではないにしても悲惨な来世観を示している。

大嵐で遭難し、裸体のオデュッセウスを見て、娘たちは一目散に逃げ出すが、ただ一人パイケエス人の住む島国の王女ナウシカだけが踏みとどまって、毅然として立っていた。ナウシカはこの男を実直な人間と認め、衣類やオリーブ油を与え、体を洗い清め、美しい衣類を身につける。すると、むさくるしかった男が秀麗の丈夫となった。「このような男性を背の君と呼ぶことができたら、どんなに嬉しいことか」 ナウシカは、オデュッセウスと同伴して帰るのだが、都へ近づくと、世間の人々の噂を憚って、オデュッセウスだけは少し遅れて歩かせ、王宮へ着いたら、母なる王妃アレテに嘆願するようにと教えてやった。

カリュプソ

オデュッセウスの放浪中に出遭ったもののうちでは、とりわけカリュプソが、母権制的・地母神的な女神の性格を端的に現わしている。この女神は単身で島の洞窟に住み、訪れてきた男性を引き留めて、同棲させているのである。オデュッセウスは、この女神と7年間も同棲させられていたのであった。その間は、生活の苦労は全然なく、飲食を供され、そして愛欲の相手を務めていたのである。漂流中の飢餓や疲労や恐怖に比較すれば、夢のような安楽な生活であった。しかし、この英雄的な男性は、この安楽で無事な生活に、すぎに飽きてしまった。そして毎日、海岸に出ては海原を眺め、英国の家や妻子を思い慕って、涙を流していたのである。このような女神というものは、肉体は美しいけれども、その精神は、人間の女性よりも、かえってむなしいものらしい。




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